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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (10)

  • 犬の眠り - 傘をひらいて、空を

    午前二時、そっとベッドを抜け出す。眠ろうと努力して一時間あまり、長年の経験から「これはベッドにいても解決しないやつ」と判断してのことである。 ベッドの中でずっと覚醒しているときには、あれこれ工夫すれば存外眠れる。そういうときには頭の中に思考が滞留していて、それが入眠を邪魔している。たとえば仕事が忙しくて長時間グイングインに回した頭の中が止まってくれない、というような状態だ。それなら頭の中を止める工夫をすればよいのである。そのために有効ないくつかの方法を、わたしは持っている。 そうしたやり方が通用しないのが、一度は半ば眠りに入ったのに半端に目が覚めてしまうパターンだ。わたしはこれを「半再起動」と呼んでいる。この状態はうっすらと不快で、足首あたりにそこはかとない恐怖が溜まる感覚があり、複雑な思考はできず、しかし何も考えないこともできない。こうなるとたいてい夜明けまでだめである。 かくしてわたし

    犬の眠り - 傘をひらいて、空を
    zakkicho
    zakkicho 2023/09/13
  • 一人称が強すぎる - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにもっとも影響を受けたのが医療機関である。わたしは二年以上、いわゆる同居家族以外と私的に会うことをしなかった。 まじめだねえ、と友人が言う。二年のあいだに引っ越してフリーランスになって子どもが小学校に入ったというが、人はあまり変わったように見えない。 まじめだねえと彼女は繰り返す。わたしの知ってる別の医者なんかばんばん飲み歩いてたよ。ストレスたまるからって。おごるからつきあえって言われて、まあ行ったけどもさあ。 そういう人もいる、とわたしは言う。わたしはそうしない。その人はストレス解消といろんなリスクを天秤にかけて、早くから飲みに行くのを選んだのでしょう。とにかくリスクを減らそうとするなら今でも人と会わないのだし、カフェインもアルコールも取らずに完璧な生活をして睡眠をとることに全力を注ぐでしょ。そういう人もい

    一人称が強すぎる - 傘をひらいて、空を
    zakkicho
    zakkicho 2022/07/06
  • わたしの弟はワクチンを打たない - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。最初の通達から一年あまり、何度目かの通達のさなか、疫病のワクチンが提供されはじめた。それで全員が打つかといえば、そうではない。わたしの弟は打たないという。そして、わたしはそれを責めることができない。 弟は東京で一人暮らしをして、アルバイトで生計を立てている。今日働かなければ来月の家賃があやうい。運も悪かったし、弟の思慮が足りないところもあったと思うのだけれど、とりあえず自分で生活はできているのだし、人に大きな迷惑をかけているわけでもなし、責められるようなことではない。 わたしはそう思っているのだが、両親は「恥だ」と思っている。自分たちの助言をふいにして大学進学をせず、夢みたいなことを言っておかしな企業に就職してすぐに辞めてその日暮らしをしている、そんな浅はかな息子は心配するのも癪だと、そういうふうに思っている。 そうはい

    わたしの弟はワクチンを打たない - 傘をひらいて、空を
    zakkicho
    zakkicho 2021/08/25
  • 俺に口を利くなというのか - 傘をひらいて、空を

    疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのときわたしは一人暮らしだった。こんな世の中だから、とわたしの交際相手は言った。不安だよね。一緒に暮らそう。結婚しよう。 そうしてわたしたちはたがいの両親に会い、いささか古いと思いながらも「婚約」というプロセスもやることにした。区役所に婚姻届を出す前に結婚式の準備をしながら同居して生活を整える期間をもうけたのだ。 結果として、これは正解だった。さっさと籍を入れていたらより面倒なことになったはずだからだ。婚約してよかった。そう、わたしは婚約から半年後、それを破棄したのである。 最初に疑問を感じたのは彼の「いいよ」ということばだった。 結婚すると決めて以降、この小さなことばの使い方が、ほんの少し変わったように感じたのだ。それまでは「コンビニ寄っていい?」「いいよ」といった使い方だった。これはぜんぜんおかしくない。友だちにも

    俺に口を利くなというのか - 傘をひらいて、空を
    zakkicho
    zakkicho 2021/05/19
  • 「生んでくれてありがとう」 - 傘をひらいて、空を

    生んでくれてありがとう。 息子が言う。保育園の卒園式のことである。子どもたちがひとりひとり保護者にメッセージを伝える。なにぶん六歳だ。自分だけで考えたら、要領をえない、しどろもどろの、あるいは日常的な発話になる。でも式典はスケジュールが決まっているから子どもたちはひとことずつしか口にできない。順番に、滞りなく、全員が、みじかい決め台詞を言う。そういう場だから、文言はだいたい決まっている。「送り迎えしてくれてありがとう」というのがもっとも多い。その中でわたしの息子は「生んでくれてありがとう」と言った。 わたしは反射的に口を手で押さえる。その手をスライドさせて目の下と鼻と口を覆う。表情の細かい伝達を隠し、かつすごく感動しているように見える姿勢をつくる。隣のママ友が言う。まあ、なんてこと言ってくれる子かしら、こっちまで泣いちゃう。ほどなく園児たちはそれぞれの親のところへ行く。わたしはめいっぱい嬉

    「生んでくれてありがとう」 - 傘をひらいて、空を
    zakkicho
    zakkicho 2019/04/03
  • 教養がないとはどのようなことか - 傘をひらいて、空を

    私の勤務先では人事部だけが採用活動をするのではなくて、現場の人間が面接を担当する。面接官は通常二人組で、このたび私を指名したのが篠塚さんである。篠塚さんは言う。僕、教養がないんで、面接でその手の話になったときにはよろしくです。 篠塚さんは私よりいくらか年長の男性で、職務上の能力がとても高い。専門知識を常時アップデートしている。ものの言い方が率直すぎて誤解を招くことがあるが、内容はおおむね正論である。基的に誰にでも親切で骨惜しみをしない。イギリスで修士号を取ってから就職したと聞いている。 教養とはこの場合、何のことでしょうか。私が訊くと、篠塚さんは明快に(だいたい明快な人物である)答えた。文学とか芸術とかです。マキノさんそういうの好きでしょ。 私はたしかに小説を読み美術館に行くが、それを教養と呼ぶのか。好きなものを好きなように摂取しているだけではないのか。篠塚さんは言う。僕、仕事関係以外の

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    zakkicho
    zakkicho 2019/01/30
  • かわいいを作れない - 傘をひらいて、空を

    彼女は美容師である。都心の、美容室とギャラリーとファッションブランドが延々と並ぶ街で働いている。彼女のキャリアは結構なものだし、料金も高めなので、主なお客は二十代半ばから三十代の、美容に関心の高い女性だ。キュートなスタイルが得意で、美容室の口コミには「かわいくしてもらった」「大人かわいく」といった文言が並ぶ。 かわいさは絶対、引き出せます、と彼女は言う。わたしは、とにかくその方のお話さえ伺えれば、かわいくできる自信あるんで、いや、綺麗とかでもいいですけど、ええ、言ってることわかりますよね、うん、かわいいは作れる。 かわいくできなかった人はいないのかって?あっはっは、いー質問ですねー、うん、ゼロではないっすね。お話さえ伺えればって、さっき言ったでしょ、あのね、世の中には、聞いても聞いても「かわいい」の中身が出てこない方がいらっしゃいます。特定のお客さまの噂話はしない主義なんで、今からする話は

    かわいいを作れない - 傘をひらいて、空を
    zakkicho
    zakkicho 2018/10/18
  • もっと親切にしたのに - 傘をひらいて、空を

    休日のスーパーマーケットできゅうりを選んでいると、外国人の女性が私の横にいた女性に話しかけた。女性は戸惑って片手を振って立ちさった。外国人女性は私を次のターゲットにさだめ、いささかわかりにくい英語で、でも決然と言った。ここでテレフォンカードを買えますか。私はテレフォンカードが必要です。 ここではおそらく買えません、どこで買えるか私は知りません、と言うと、どこで買えますかと一生懸命に訊く。私と一緒に買い物をしていた人が見かねてあいだに入り、コンビニエンスストアで買えますと言った。国際電話をかけたいと日語で言ってください、と彼は教えた。いいですか、コンビニエンスストアの人に、コクサイデンワと言うんです、そうしたらきっとカードを売ってくれますから。コクサイデンワ、ですよ。 私たちは料品を詰めた袋を持って外に出て少し歩き、コンビニエンスストアに入った。レジの前にはさきほどの外国人女性がいて、店

    もっと親切にしたのに - 傘をひらいて、空を
    zakkicho
    zakkicho 2017/09/20
  • 結婚の損得 - 傘をひらいて、空を

    お母さん、どうしてお父さんと結婚したの。上の子が訊くので、わたしはつくづくと彼女の顔を見た。どちらかというと現実的で早熟な子だと思っていたけれども、まだ十五ではあるのだから、結婚の動機は取り繕ってあげたほうがいいのかな、と思った。つまり、愛していたからだ、とか、そういうふうに。 でもやめた。彼女はわたしの子である。今年で十五である。クリスマスに白いおひげのサンタクロースがうちに来たのではないと認めてから十年ちかく経っている。嘘をつくことを、わたしはあまりしない。めんどくさいからだ。嘘をついたらその嘘について覚えていて、整合性のとれた発言を心がけなければならない。そんなのめんどくさい。たしか芥川に「彼女は特別に嘘が上手かった。なにしろ今までついた嘘をひとつ残らず覚えているのである」という一節があって、なんというマメな女かと感心した覚えがある。 そんなわけでわたしは率直に、あなたを妊娠したから

    結婚の損得 - 傘をひらいて、空を
    zakkicho
    zakkicho 2017/07/18
  • 退屈?教養が足りない。 - 傘をひらいて、空を

    職場のみんなの夏の休暇の日程が決まった。私は少しずらして九月に取ることにした。お盆に休みを取らなければならない理由がないので、九月でもよろしい。これはまったき真実であって、誰にも気を遣っていないのだけれども、八月に新婚旅行に行く部下がどうも自分のせいだと思っているようで、ほんとすみません、と何度も言う。まったく済まなくない。私はしみじみと言う。休暇は労働者の権利で、調整するのは私の仕事のうちだから、何も気にしなくて良いのです。一週間以上の旅行につきあってくれるなんてこと、家族だって稀なんですから、新婚旅行の次の機会は十年後かもしれませんよ、夫婦そろって取れる休みも貴重になるだろうし。 じゃあ、槙野さんは、ひとりでどっか行くの?横にいた同僚がそう訊くので、そう、と私はこたえる。誰かと行ければ万々歳、デフォルトひとり旅。社会人になってから人と二泊以上の旅行をしたのは数えるほどしかない。だから友

    退屈?教養が足りない。 - 傘をひらいて、空を
    zakkicho
    zakkicho 2017/06/27
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