朝小間使の雪が火鉢(ひばち)に火を入れに来た時、奥さんが不安らしい顔をして、「秀麿(ひでまろ)の部屋にはゆうべも又電気が附いていたね」と云った。 「おや。さようでございましたか。先(さ)っき瓦斯煖炉(ガスだんろ)に火を附けにまいりました時は、明りはお消しになって、お床の中で煙草(たばこ)を召し上がっていらっしゃいました。」 雪はこの返事をしながら、戸を開けて自分が這入(はい)った時、大きい葉巻の火が、暗い部屋の、しんとしている中で、ぼうっと明るくなっては、又微(かす)かになっていた事を思い出して、折々あることではあるが、今朝もはっと思って、「おや」と口に出そうであったのを呑(の)み込んだ、その瞬間の事を思い浮べていた。 「そうかい」と云って、奥さんは雪が火を活(い)けて、大きい枠(わく)火鉢の中の、真っ白い灰を綺麗(きれい)に、盛り上げたようにして置いて、起(た)って行くのを、やはり不安な