anond:20200709150934 私の親は非常にしつけに厳しい人で、生活も食事も極めて質素、海外旅行なんて行ったこともなく、国内旅行も年に1回と決まっていました。 当時私は飛行機が好きで、パイロットに憧れていました。しかし視力が弱かったので、母は「視力が弱いとパイロットにはなれないよ」と言いました。私はパイロットを諦めました。しかし後で調べると、私程度の視力であればパイロットになる方法はあったようです。 その後成長して、成績も学年トップだった私は「医師になりたい」と思うようになりました。母は「うちはお金がないから、医学部に行くなら国公立にしてね」と言いました。そのため大学受験は国立一本に絞りましたが、実家から通える範囲の国立を、と考えた結果、医学部は諦めて理工学部に進学しました。お金が無いと聞いていたので一人暮らしは難しいと子供ながらに思ったからです。 その後、祖父が亡くなると、我
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