2015年7月20日のブックマーク (7件)

  • 恋愛工学が流行っているが

    恋愛工学の革新的だなって所>これって、ナンパ師達がやってきたことをまた同じように繰り返しているんだけど。 確かに面白いと思った。 工学って名乗るくらいだから、専門用語を作ってみたりして概念を数理モデルに落とし込んでいる。 これは非常に俺は納得できた。 言ってることは、 「ナンパでの声かけは、定型文作って、それで話かける、これを『オープナー』と言う。『写真撮りましょうかオープナー』『こんばんはオープナー』などいくつか定型作れ」 こういう感じで、定義つけられた行動をひたすら繰り返せば、ヒット確率が5%なら20人話しかけられればいけますね。これはナンパ業界では常識だけど、これを『メソッドだ』と割り切ったのがよかった。 俺は、どーも話しかけることに感情の機微的なものを感じすぎていたが、メソッドだから心を無にしてやってしまえるんだ!と解く。 それとか他には、「セックスすれば女はその男を好きになる、

    恋愛工学が流行っているが
    zuiji_zuisho
    zuiji_zuisho 2015/07/20
    ここらへんの話題にがっぷり四つをやってみるのも楽しいのかなぁ。 僕は、こういう運動力学をもろもろ承知したうえで、一人の女性とヒリヒリしていて楽しい。その素晴らしさを客観的に立証する術がないんだよなぁ。
  • 共に考えを深める相手は別にお前じゃなくても良い - ←ズイショ→

    これ読んで思った全然関係ないことをサクッとメモる感じで。あ、掲題の「お前」は別に上記のエントリを書いた人のことを言ってるのではなく、一般論です。 「誰が書いたか」「何を書いたか」の話はインターネットやってると定期的に土筆が顔を出したよ笑ってるよ晴天だよくらいのペースで見かけるわけですけど、この話題が盛り上がるピンと来なさが僕にはあって、たぶん「誰が書いたか」に振り回されすぎることが自分にあんまりないので、いやみんなそんなのあんの?マジで?大学教授が言ってることだから鵜呑みにしたりとかするの?と思って、いや、「何を書いたかじゃなくて誰が書いたかでしょ」派が拳を振り上げてるところってそんな見かけたこともなくて見かけるのは「誰が書いたかではなく何を書いたかでしょ」派ばかりで彼らが何と闘ってるのかの輪郭がよくわからん、自戒なのか誰かを批判してるのかもよくわからん、自分の中の「誰が書いたか」という判

    共に考えを深める相手は別にお前じゃなくても良い - ←ズイショ→
    zuiji_zuisho
    zuiji_zuisho 2015/07/20
    上手に書けました
  • 「人はなぜブログを書くのか?」10人の個性あふれる理由がおもしろすぎる。 - イズレモシモ。

    ブログについて集まって語りたい。 著作者: nic519 ふとしたきっかけで参加しはじめたライフハック系勉強会「cotola」の集い。今回は2回めなんだけど、後から急遽開催が決まったから、ナンバリングとしては「第3回」という謎の展開もありつつ、またゆるゆると参加してきた。今回のテーマは「ブログ」ということで、開催場所のカフェに向かう途中、何をしゃべろうかとふにゃふにゃ考えていた。 twitter.com ただ、実際のところ、集まったメンバーが、ブログを書いてない人だったり、「もうブログはいいかな」と言ってたりする人たちだったので、ブログについてあまり熱く語るカンジにはならず、話はマーケティングや文具の話へと拡散して、テーマはぼやけたカンジになった。このゆるさがいい。自分が知らない話をたくさん聴けておもしろかったしね。 でも、またブログについて語る機会は改めて持てたらいいなー。言いたいことは

    「人はなぜブログを書くのか?」10人の個性あふれる理由がおもしろすぎる。 - イズレモシモ。
    zuiji_zuisho
    zuiji_zuisho 2015/07/20
    まぁ、僕のん嘘ですけどね。聞くたびに変わりますけど。
  • 誰が書いたかではなく何を書いたかで考えたい - おうつしかえ

    わたしは思っています。 基的に 「誰が書いたか(言ったか)」 ではなく、 「何を書いたか(言ったか)」 であると。 「基的に」と、わざわざ書いたのは、内閣総理大臣が内閣総理大臣として書いたものと、わたしが書いたものには受け取る側の重みが違うということは考慮しているからです。 でもそれも受け取る側のバイアスであって、書いたものがどうであるか、ということの質にはかわりはありません。 地位や立場やキャラクターによって、より厳しい目に晒されることもあるでしょうし、逆に地位や立場やキャラクターによって、許されることもあるでしょう。多いでしょう。 多分、わたしの誤字や、くっだらないハイテンションの文などは ヤレヤレ ┐(´ー`)┌ マイッタネ という感じで許してくれている人が多いのではないかと思います。ありがとうありがとう。地球の皆さん、ありがとう。 宇宙人マスク 出版社/メーカー: UNI メ

    誰が書いたかではなく何を書いたかで考えたい - おうつしかえ
    zuiji_zuisho
    zuiji_zuisho 2015/07/20
    俺、これ言い切るのも微妙だと思うな。例えば連日「バナナは青い」「ミカンは赤い」と言ってる人がある日「リンゴが赤い」と言ったからと言って「ほら、内容で判断して。正しいこと言ってるよ」と言われてもなぁ。
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    zuiji_zuisho
    zuiji_zuisho 2015/07/20
    「人に酒を勧める」って本当に糞だなと思うので絶対にしないようにしてるし勧めてる人を見るととても嫌な気分になるので、たまに言われなくても勝手に飲む人と酒を飲むとめちゃめちゃ楽しくて嬉しい
  • 悪意も自覚的に放ちたいよね、という話。

    オレンジ文庫の「お坊さんとお茶を」(作者:新堂樹)を読みましての続き。 の何に対してお金を払っているか。 卓に上がった事がどうやってできたか、考えた上で感謝して事を口にしましょう、という、禅に限らず一般道徳的にも、日全国のご飯の作り手に対して皆が抱かねばならない有難いお言葉です。事は魔法のようにぽんっとどこからか出てくるものじゃなくて、その工程工程を誰かが担って卓に上がってる、という。 「五観の偈」の第一、”功の多少を計り彼の来所を量る”についてまだ考えています。これってきっとのことだけじゃないよなと。 卑近な例でいえば、先月振り込まれた給料。これは自分の何の実績や貢献に対して支払われたものか、とか。あとは冬の間にたるんだ気がする二の腕。これは自分のどういう怠慢がもたらしたものか、とか(ひぃ!!) 結果を因数分解して、それぞれの要素について思考することを意識できれば、今まで

    悪意も自覚的に放ちたいよね、という話。
    zuiji_zuisho
    zuiji_zuisho 2015/07/20
    こういうこと、よく思う。口臭いのは良いから口臭くないって言い張るのはよせ、みたいな。大体、人に文句を言いたくなる時はこれ。殴って蹴飛ばすなら殴って蹴飛ばしたいと言え、善意ぶるな、みたいな。
  • 書評、又は批判と誹謗中傷の話。 ネガコメ(=対人への誹謗中傷)について、 ブログのネガコメが苦手な理由について自己分析してみたー。 感想:自分が感じ想ったこと 批評:基準に照らして評価すること 賛意:(物申すことがない) 批判:理由を付して物申すこと 誹謗中傷:根拠のなく相手を貶めること という定義をした上で「誹謗中傷は他人を貶すことで自分の正当性を確保するやり方に見えるから苦手」という内容を書きました。 感想と批評と誹謗中傷は分けて使いたくて、理由は「自分が読書ブログをやってるから」です。 読書ブログって難しい。 読書ブログっていくつかのタイプがあると思うのです。... 要約・まとめ:あらすじや目次の転載、文の要約 書評(ブックレビュー):主に出版されたばかりのについて、客観的に、コンテクスト(の背景や文脈)を含めて批評 読書感想文:自分が影響を受けたについて、主観的に、どのよう

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    zuiji_zuisho
    zuiji_zuisho 2015/07/20
    「俺のは誹謗中傷じゃなくて批判だから聞き入れろ」って言う人よく見かけるけど「聞き入れられたいのに聞き入れてもらえない」ってことはそれが誹謗中傷か批判かは知らんがとりあえずお前の能力不足だよ。と思う。