ゲームにおいて「勝ちを目指す」ことについて、あるいは超人ロック回顧録 なんだか盛り上がってたみたいなので。 個人的には、これはほとんどゲームデザインの問題であり、純粋にテクニカルな領域だと思う。というか、これが(「プレイヤーの倫理観」とは別のレイヤーで)問題になるという段階で、「ゲームデザイン」が何か大事なものを置いてけぼりにしませんでしたか? というのが正直な感想。 アナログに限って言うと、ゲームの根幹を支えているのは、勝利条件だ。アナログゲームの良し悪しの5割くらいは、勝利条件の設定で決まると思っている。だってそれを目指してプレイすることが、大抵のゲームの前提になっているので。 待てよ、それを目指さない奴がいるから問題なんだろ? と言われそうだが、個人がその意思で「目指さない」と決めたなら、そこから先は倫理学の問題だ。そんなところまでゲームデザインが関与しても、誰得でしかない。 むしろ
CAT(@popncat)さんの、「最近2007年に書かれたボカロ(まあ当時は初音ミクばっかなんだけど)の考察記事を読みなおしてるんだけど、当時からこの問題に着目してたか~というものもあれば思いっきりハズしたのもあっておもしろい。」とのツイートから、初期のVOCALOIDの考察記事を改めて読み直す。今読み返してみると、先見の明に優れたものもあれば、逆に全然大外れになったものがあったりして面白いかも。 他の記事を自由に貼れるよう、誰でも編集可にしました。
私にとって任天堂というのは特別な存在であり、あらゆるゲーム機もゲームソフトも任天堂を基準にプラスかマイナスかを判定する、いわばメートル原器みたいなものであった。 ところが、2010年にえらいことが起きた。1989年のゲームボーイ登場以来、わが家の携帯ゲームの“与党”の座を死守してきた任天堂。しかし、その座をあっけなくiOS(iPad/iPhone)に明け渡し、“野党”に転落してしまったのだ。私はニンテンドーDSのソフトを数本しか買わなかったが、気がつけばiOS対応のゲームソフトを数100本プレイしていたのである。 この件はまた稿を改めさせていただきたいところであるが、2011年こそはニンテンドー3DSが再びわが家の与党の座を奪取してくれることを期待しつつ、今回はiOS用ゲームの2010年ベスト10作品を選んでみた。なお、私は基本的にアクションゲームが好きなので、コマンド選択式のRPGなどは
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