歴史に関するk-takahashiのブックマーク (1,095)

  • イース・プロトタイプの研究~開発誕生秘話~ – ゲーム保存協会

    はじめに このたびゲーム保存協会では、1987年に日ファルコムより発売された『イース(PC-8801mkⅡSR)』の開発版フロッピーディスクの保存を行いました。このディスクは、元ハドソンでPCエンジン版『イースI・II』の移植スタッフのひとりだった長山豊氏が所持されていたもので、日ファルコムより開発用の資料として提供されたディスクのコピーであると思われます。日ファルコム社からユーザーサポート交換用のフロッピーディスク一式を譲り受けて以来の、貴重な文化遺産の寄贈となりました。 開発版ディスクのチェック 保存したディスクの内容を確認してみたところ、この開発版は電波新聞社から1987年に発刊された山下章氏著『チャレンジ!アドベンチャー&ロールプレイングIII』(以後、”チャレアベ”)のイースの記事内で紹介された「初期プロト版」と同一のものと見受けられました。当たり判定を任意で変更できる機能

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    k-takahashi 2022/11/21
    『イースの『製品版』と『プロトタイプ版』とを比較してみることで、ゲーム開発の過程でどのような部分が先に作られ、どういった点に検討が加えられていったのか、どのように詰めていったのか』
  • http://pad-inc.com/images/ioutou_web.pdf

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    k-takahashi 2022/11/18
    『まんがの渡島記は、ガルパン(ガールズ&パンツァー)でおなじみ漫画家野上武志氏。イラストは渡島にも御同行頂きました吉川和篤氏のご協力の元、実現』
  • コミック1☆21の新刊『電撃クロニクル3』出来ました | Colorful Pieces of Game

    生きてます。 朝から晩まで仕事してます。 忙しすぎて、ブログを書く時間も、原稿を書く時間も、ゲームを遊ぶ時間も減ってスゲー悲しいです。 てっか、運営型ゲームでディレクター兼リードゲームデザイナー兼リードエンジニアプロジェクトマネジメントって、ムチャクチャすぎるんだよ…と、ボヤきつつも、それが人生ってもんだと思ってます、ハイ。 さて、10/23開催のコミック1☆21で新刊の『電撃クロニクル3』を出します。 の仕様としては表紙フルカラー、文54頁。 いつもよりちょっとだけ薄いです。 目次はこんな感じ。 ところで今回のは、電撃王や電撃プレイステーションに載せていた様々なコラムに、いろいろと解説を付けくわえて載せる『電撃クロニクル』シリーズの第三弾ですが、今までの2冊はどえらく編集方針を変えたなので、ちょっと書いておきます。 今回のはテーマを明快に決めて2012年に時期を絞って「スマー

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    k-takahashi 2022/10/21
    『「家庭用ゲームマシンはスマホの挑戦を受けて、何をやっていたのか」、「なぜスマホはリビングへの進出に失敗したのか」などについて、2012年を今から見ることで考察』
  • 3DO -誕生から崩壊へ至るまでのクロニクル- 中編|初心カイ

    3DO REALの誕生 話が前後するが、1993年1月、北米最大の見市コンシューマ・エレクトロニック・ショーにて松下が提供する世界初の3DO規格プレイヤー、「3DO REAL」がお披露目された。そのデモで示された性能は当時のライバル、SNESとGENESISを凌駕し、GENESISのアップグレード機器SEGA CDをも上回っていた。 ただしこの段階ではあくまでAT&Tのモデムやセットトップボックスユニットというのは構想の一つ程度のものでしかなく、具体的なプランは上がってきていない。それにワーナーやMCAが期待していたビデオCDへの標準対応も見送られた。3DOの性能は高いものではあったが、そのビデオチップが肝心要のビデオCDのコーデックMpeg1に非対応だった。これはおそらくMpeg1にまで対応してしまうと、ただでさえ高性能で高コストな3DO体が、さらに高くならざるを得ない事情があったた

    3DO -誕生から崩壊へ至るまでのクロニクル- 中編|初心カイ
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    k-takahashi 2022/10/18
    『5000本の買取保証策の他、自社でソフトメーカーのタイトルをIPごとそのまま買い取る施策も打ち出した。この場合は開発費の半分を松下が補填』 感触的には、もっとお金が流れていた印象
  • Tabletop Wargaming/A Brief History of Tabletop Wargaming in Japan - legal alien wiki

    k-takahashi
    k-takahashi 2022/10/11
    日本のウォーゲーム史(英語版)
  • 卓上ウォーゲーム/日本卓上ウォーゲーム略史 - legal alien wiki

    まえがき † プロの軍人による兵棋演習とは異なる「民間人のホビーとしての卓上ウォーゲーム」は、「19世紀にヨーロッパで誕生したミニチュアウォーゲーム」と「1950年代にアメリカで誕生したボードウォーゲーム」の二種類に大別される。 どちらも1960年代まではもっぱら欧米だけでプレイされていたが、1970年代にイギリスの模型メーカー、エアフィックスが模型雑誌「Airfix Magazine」でミニチュアウォーゲーム関連の記事を掲載したことをきっかけに、欧米以外にも広まっていった。 日国内に限定しても、その歴史は既に半世紀を超えているが、その歩みは決して平坦なものではなかった。その長く曲がりくねった道を10年単位でまとめてみた。 1972-1981 模型から厚紙へ 輸入から国産へ † 1972年春、模型雑誌「月刊ホビージャパン」1972年4月号に、模型を作った後の楽しみ方としてミニチュアウォー

    卓上ウォーゲーム/日本卓上ウォーゲーム略史 - legal alien wiki
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/09/17
    『日本国内に限定しても、その歴史は既に半世紀を超えているが、その歩みは決して平坦なものではなかった。その長く曲がりくねった道を10年単位でまとめてみた』 労作
  • 3DO -誕生から崩壊へ至るまでのクロニクル- 前編|初心カイ

    はじめに ――3DO この言葉に反応できる者はオッサンゲーマーだろう。20代以下の若者は一度も聞いたことがないかもしれない。しかし、反応できるオッサンゲーマーでも正確に3DOがなんなのか、把握している者はさほど多くはないのではないか? 「ゲームに関わったことがない松下が、適当に出して大失敗したゲームハードだろ?」 くらいの理解でいる方が多いのではないだろうか。実はこの理解はいろいろと事実誤認を含んでいる。 実はこのハードを作るにあたって、多数のゲーマーと、ゲームゲーム業界に詳しい人らが幾人も深く深く関わっている。そもそもの規格提唱者はゲーム業界に大きな影響を及ぼしたレジェンドなのである。そして松下自身もゲーム業界に以前から深く関わっていて、さらにいうならば3DOはゲームハードではない。 この奇妙奇天烈なハードについて解説を行うにあたり少しばかり時間を頂きたい。このハードが生まれ、そして敗

    3DO -誕生から崩壊へ至るまでのクロニクル- 前編|初心カイ
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    k-takahashi 2022/09/10
     3DO立ち上げ期のまとめ。ホーキンスが当時抱いていた不満は、パソコン雑誌とかに結構出ていたと思う
  • WE ARE VANA'DIEL

    松井プロデューサーが、『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)とゆかりのある人物と対談を行うスペシャル企画“プロデューサーセッション -WE DISCUSS VANA’DIEL-”。第12回は、2002年のサービス開始から2016年まで『FFXI』のプラットフォームとしてヴァナ・ディールを支え続けたプレイステーション 2(以下、PS2)に注目。その開発に携わったソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)の島田宗毅(しまだむねき)さんに話を聞いていく。『FFXI』の開発初期段階からPS2のネットワーク部分に関わってきた島田さんは、家庭用ゲーム機で発売される初の格的MMO(多人数同時参加型オンライン)RPGをどのように見ていたのだろうか? 今回のパート1では、島田さんがどのような経緯でゲーム業界に関わることになったか、そしてPS2発売前後のネットワーク事情について

    WE ARE VANA'DIEL
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/09/07
    『1999年でしたが、その時点でもう「PS2ではネットワークでゲームができるようになるはずだから、そのつもりで『FFXI』を開発するぞ」という話になっていました』 ある意味見切り発車だった、と
  • 『ハドソン伝説4』補足、CD-ROM開発システムの野沢ボックスの画像が見つかった | Colorful Pieces of Game

    『ハドソン伝説4』を書く上で、どうしても見つけたかった写真があった。 それが野沢さんの設計によるCDDA変換BOXだった。 上の図の赤い箱がソレ。 自分の記憶では金属の箱でCDへの出力とアナログからCDDAのデジタルにコンバートするための入力がついていて、あとSCSIが98側から出ていて、それをぶっ刺し、箱からPCエンジンの開発機の上に繋ぐIFU-30の開発機用のバージョンに接続する…と、覚えていたのだけど、ともかく写真がなかった。 自分の持っている手持ちの雑誌には1枚の写真もなく、またインターネットを探し回っても見つからない。 どうしようもなくて、とうとう諦めて、その写真はなしで『ハドソン伝説4』はコミケで出ることになった。 それで1週間もしないうちに、ゲーム史関連で見つからない『天外Ⅱ』の情報があり、気になって検索したら動画の欄に僕のインタビューが出た。 なんてこった、右に開発機がある

    k-takahashi
    k-takahashi 2022/08/24
    『野沢さんの設計による『変換ボックス』と、それが繫がったCD-ROM開発システム全体を解説』
  • 「ゲームハードの価格」で読み解くビデオゲーム史:時代ごとのゲームハードの位置付けと値段、その興味深い関係を探る

    では、ゲームハードの価格は、誕生から40年以上の歴史でどのような変遷を辿ってきたのでしょうか。今回は、1983年(ファミコン発売年)から2021年までの主要据え置きゲームハードの価格の推移をまとめ、その傾向を読み解きます。 1983年〜2021年までのゲームハードの価格の推移 最初に、全期間のゲームハード価格の推移を一覧します。上のグラフは、据え置きハードの価格(定価)の平均値をプラットフォームごとに示したものです。(具体的な算出方法は、記事の末尾をご参照ください) 全プラットフォームの平均価格で見ると、1983年は1万4900円、2021年は3万8951円でしたので、ゲームハードの価格はこの38年間で約2.6倍になったことが分かります。ただし、徐々に上昇していったわけではなく、かなりの起伏があったことも、上のグラフからは読み取れます。 以降、記事では、1983年〜1990年を第1期、1

    「ゲームハードの価格」で読み解くビデオゲーム史:時代ごとのゲームハードの位置付けと値段、その興味深い関係を探る
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/08/23
    分析の方は「?」だけど、資料は面白い。
  • 【今日は何の日?】 1968年8月20日 ソ連軍が「プラハの春」弾圧:時事ドットコム

    ソ連・東欧軍が、チェコスロバキアの民主化運動「プラハの春」弾圧のため、首都プラハに侵攻した。写真(21日撮影)は、ソ連軍戦車部隊を取り囲むプラハ市民。銃を持った戦車上のソ連兵は困惑したような表情を見せている【AFP時事】

    【今日は何の日?】 1968年8月20日 ソ連軍が「プラハの春」弾圧:時事ドットコム
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    k-takahashi 2022/08/20
    『ソ連・東欧軍が、チェコスロバキアの民主化運動「プラハの春」弾圧のため、首都プラハに侵攻』 1968年の8月20日
  • ソ連軍、北海道全体の占領を検討・対馬や済州島にも野心…ロシアの公文書に記録 - ライブドアニュース

    k-takahashi
    k-takahashi 2022/08/16
    『北海道北半分の要求は、スターリンの欲深さを示すとされてきたが、見つかった草案ではソ連軍部が大きな野心を持ち、スターリンはそのうちの一部をアメリカ側に伝えたにすぎない』 ロシア全体が侵略者
  • Webの歴史とはどんなものだったのか 並行世界Web1~Web3ではない、現実世界のWeb以前~Web創世記を語ってみた

    Webの歴史とはどんなものだったのか 並行世界Web1~Web3ではない、現実世界のWeb以前~Web創世記を語ってみた(1/4 ページ) 某社から出版された書籍が、並行世界のWebの歴史を記述しているとTwitter界隈ではちょっと話題になっている(なんか今見たら販売中止になってしまっている)。 別に筆者としてはそれをあげつらうつもりは全くなかったのだが、またしても担当編集の松尾氏より「僕らの知ってる世界線でこのあたりの時代の流れを書いていただけたらと。httpと並行してGopherがあったあたりの」という、分かる人間にしか分からないような依頼が飛んできた。 「Web3関連の書籍とか情報があって、そこでWeb1というのが出てくるんだけど、そこで情報が錯綜しているようなので、僕らが知っている歴史についてまとめておく、みたいな立て付けで」というので、「第三者から見ると大原が若い筆者をイジメて

    Webの歴史とはどんなものだったのか 並行世界Web1~Web3ではない、現実世界のWeb以前~Web創世記を語ってみた
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/07/26
    『「ミャクミャク様のたたりを恐れる村人役その2」くらいのノリで、ちょっと古い話をまとめて書いて』
  • セガの名機 メガドライブの軌跡① メガドライブの誕生

    6月3日に発表された「メガドライブミニ2」。10月27日の発売に向けて、連載ではセガの名機であるメガドライブの歴史をたどってみたい(全5回)。筆を取っていただくのは、前回の連載から1年ぶりとなるセガの奥成洋輔さんだ。メガドライブの歴史に欠かせないさまざまなトピックを網羅しつつ、奥成さんの目線でふり返る。

    セガの名機 メガドライブの軌跡① メガドライブの誕生
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    k-takahashi 2022/06/17
    『当時のセガファンにとって語り草になっているのが、この「ライバルハードに自社のヒット作をライセンスするセガ」の手法』
  • 巨大電機メーカーの意地 -NECが歩んだゲームと半導体の軌跡-|初心カイ

    NECと聞いても若い人は何の会社かわからないだろうが、オッサンゲーマーならPC98や、PCエンジンが思い浮かぶことだろう。 NECは正式名称を日電気株式会社といい、実は日を代表する大手電機メーカーだ。かつては家電も作っていたこともあり、冷蔵庫やエアコン、テレビなども独自ブランドで作っていた。 NECの一般的な認知度を急上昇させたのがパソコンだ。PC8000シリーズは大ヒットし、その後継機であるPC98シリーズは当時の16bitパソコンのシェア9割というトンデモナイ数字を叩き出している。そして世界半導体売上は世界一位。1980年代はあの巨人インテル(インテル入ってるの広告でおなじみの、パソコンCPUシェア7.5割の化け物企業)よりも売上が上だった。 そんなかつての巨大電機メーカーが、如何にしてゲーム業界と関わっていったか、その歴史の一端を解説しよう。 NECゲームに関わったのは相応に古

    巨大電機メーカーの意地 -NECが歩んだゲームと半導体の軌跡-|初心カイ
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    k-takahashi 2022/05/14
    『そんなルネサスであるが、2021年現在好調といえる状況にいる』 ゲーム側からみたNEC(ルネサス)の半導体ビジネス史
  • 「中立は誰も敵にしないから、誰も敵にならない。素晴らしい方針!」 → そういう幻想をグーで殴ってくるベルギーの歴史と言うな…

    誰も味方がいないことは、「別にこいつを倒してしまっても構わんのだろう?」ってしがらみなく攻撃できるってことでもある _(:3 」∠ )_

    「中立は誰も敵にしないから、誰も敵にならない。素晴らしい方針!」 → そういう幻想をグーで殴ってくるベルギーの歴史と言うな…
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    k-takahashi 2022/05/03
    『ヒトラー「通り道だから通るね」』 中国が太平洋を侵略しようとした場合、通り道になるのが朝鮮半島と日本
  • 「アナログスティック」で読み解くビデオゲーム史:3Dゲームの黎明期から左右スティックによる操作が確立するまで

    「〇〇で読み解くビデオゲーム史」、第2回は「アナログスティック」で読み解くビデオゲーム史です。 左スティックでキャラクター移動、右スティックでカメラを操作。3Dゲームではもはや当たり前となったこの操作体系ですが、3Dゲームの初期の頃から当たり前というわけではありませんでした。 コラムでは、アナログスティックをめぐるビデオゲーム歴史を紐解き、現在の操作体系に到達するまでの変遷を整理したいと思います。 アナログスティックの黎明期:〜1990年代前半まで アナログスティックの歴史は意外に古く、1970年代まで遡ることができます。 当時の家庭用ゲーム機ではダイヤル式のコントローラが主流でしたが、「Atari 2600」など、アナログスティックを備えたものも複数存在しました。日でも、バンダイが発売した「TV JACK」(1977年)、「光速船(Vectrex)」(1983年)といった機種は、ア

    「アナログスティック」で読み解くビデオゲーム史:3Dゲームの黎明期から左右スティックによる操作が確立するまで
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/04/18
    ま、とっかかりとして。
  • 過去のゲーム業界を語る難しさについて|初心カイ

    少しばかり思うことがあったので少々。 某所にていざこざがあったのですが、こういった昔のゲームの出来事を調べていて当に難しいと思うのは「何が当なのか、互いの書いてあることが矛盾していてわからない」ということです。 原因の一つとしてはそのを書いてる著者が、ジャーナリストとして経験を積んだ一流の人材であったとしても、ゲームに関して、ゲーム業界に関してそもそも無知であるため、根を理解しておらずとんちんかんな解説になってしまいがち、というものがあります(特にゲーム機のハードウェア的解説になると、一気にその素人っぷりが露呈します)。 そのため「業界人の語った内容が当に真実であるか、保証できない」ということがこの業界には往々にしてあります。 例を挙げますと、「ゲーム大国ニッポン 神々の興亡」というがあります。これは各クリエイターやゲーム会社社長に直接インタビューを行い、この業界の背後で何が起

    過去のゲーム業界を語る難しさについて|初心カイ
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    k-takahashi 2022/04/04
    『当事者がインタビューでそう応えているとしても、それが真実だとは限らない』 別にゲームに限らない。歴史全般の話。だからって何も言わないわけにはいかないわけで。
  • フロム・ソフトウェアの30年以上の長い歴史を振り返る――初代PlayStationから『ELDEN RING』まで

    フロム・ソフトウェアはいま「ソウルライク」と呼ばれるジャンル――海外では『Demon's Souls』や「DARK SOULS」シリーズ、『Bloodborne』の名から「ソウルボーン(Soulsborne)」という混成語も誕生した――の創造者と先導者として知られるが、同社の設立からの長大な歴史において、その過去は実に波乱に富んでいた。有名になる前のフロム・ソフトウェアのゲームは、良くても小さな成功に過ぎず、好奇心をそそる前衛的な“怪作”や興味深い失敗作、そして完全な駄作も少なくなかったのだ。 フロム・ソフトウェアが世に出した最初のゲームは、PlayStation発売の13日後の1994年12月16日にリリースされた『キングスフィールド』だ。作はコンソールにおける3Dグラフィックスの先駆者としてのPlayStationの長所を活かし、一人称視点でゲーム内の環境をリアルタイムでレンダリング

    フロム・ソフトウェアの30年以上の長い歴史を振り返る――初代PlayStationから『ELDEN RING』まで
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/03/30
    『有名になる前のフロム・ソフトウェアのゲームは、良くても小さな成功に過ぎず、好奇心をそそる前衛的な“怪作”や興味深い失敗作、そして完全な駄作も少なくなかった』
  • 動画「1980年代ナムコの天才ハッカーが初めて語るはゲーム史に刻まれる新たなXページ|宇田川治久物語③最終話」に関してのお詫び – 4ST

    動画「1980年代ナムコの天才ハッカーが初めて語るはゲーム史に刻まれる新たなXページ|宇田川治久物語③最終話」に関してのお詫び YouTubeチャンネル「4ST」において公開している動画「1980年代ナムコの天才ハッカーが初めて語るはゲーム史に刻まれる新たなXページ|宇田川治久物語③最終話」の一部インタビュー箇所におきまして、開発者の方より「事実とは異なる」とのご指摘を頂戴致しました。 該当箇所は『メタルスレイダーグローリー』に関する以下インタビュー部分となります。 ①「FCはパレットが4つしかないので絵の表現が難しくて、当初、下のメッセージの色まで変わってしまってたんですよ。そこの色を分離する形でできるようにしてほしいとHAL研から依頼があって、手直ししていましたね。」 ②「そうそう、『メタルスレイダーグローリー』のグラフィックは、当時の岩田社長が作った、ディスクシステムでお絵描きするツ

    k-takahashi
    k-takahashi 2022/03/22
    『時間が経過している事象についてのインタビューに関し、今後、複数者(社)間にまたがる話題は取り扱わない、ご本人が総責任者である事柄のみに限る』いや、新規に分かったことは修正する、でいいでしょ