映画の魅惑はサスペンスにある。サスペンスとは、登場人物が安全を奪われ、拠りどころのない状態に置かれることだ。例えばグリフィスの『東への道』の、氷上で失神して川に流されて行くリリアン・ギッシュをリチャード・バーセルミが瀑布の手前で間一髪救出するという名高いシーン。そのとき観客は、単に両者を交互に映し出す並行モンタージュという技法によってハラハラさせられるだけではない。それ以前に私たちはまず、彼らを支えるべき大地の喪失という事態に魅惑されているのだ。あるいはキートン映画の魅惑。それは、彼の人並み外れたアクロバティックなアクションにあるのではなく、彼を取り巻く外界そのものの失調が大規模に視覚化されることにあるのだ。 こうして本書は、感情移入によって生まれる「能動性」や「自由」の経験として語られてきたさまざまな映画作品群を、「受動性」と「不自由」の体験へと読み替えていく膨大な作業を行っていく。グリ