米大統領の歴史的な広島訪問を、日本社会はいっせいに歓迎した。だが、1960年代だったら、原爆投下国の指導者をどう迎えていただろうか。核に対する日本人の視線はいつ、どのように変化したのか。「ヒロシマ・ゴジラ・フクシマ」の視点から、日本人の「核のイメージ」の変遷を読み解いてきた気鋭の研究者に聞いた。 神戸市外国語大准教授・山本昭宏さんに聞く ――米国の現職大統領が広島を訪れました。その様子や日本社会の受け止めをどう見ましたか。 「71年後とはいえ、原爆を投下した側の大統領が広島を訪れたことに、歴史的な意義はあるでしょう。ただ、誰にとっての、どんな意義なのか。それを真剣に考えないまま、オバマ氏を歓迎一色で迎えたように感じられ、違和感も覚えました。いまの日本人は、『核』をリアルにイメージできなくなっているのだと思います」 ――歓迎一色はおかしいと。 「反発や怒りが出てこなかったのが不思議でした。被
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