上野野原に建立されている「アリランの碑」。同碑から数百メートル離れた松林のそばに慰安所があったとの証言がある=23日、上野野原 沖縄戦当時、宮古島に旧日本兵が通っていた「慰安所」があった事実を裏付ける公文書が初めて発見された。これまで、宮古島の慰安所の存在は戦争体験者や慰安婦の証言などで知られていたが、その存在が明記されている公文書が明らかになるのは初めて。関東学院大学経済学部の林博史教授が研究資料として厚生労働省に情報公開請求した「軍法会議報告」文書の中から見つけた。 発見された資料は厚労省が保管していた「台湾軍管区臨時軍法会議豊部隊法廷裁判宣告報告」で、沖縄戦当時、宮古島に駐留していた第28師団司令部あて提出されている。その内容は1945年11月20日付で、軍法会議判決を記したものとなっている。 同裁判宣告報告では当時、宮古島に駐留していた第28師団の衛生上等兵が、軍の食料などを横流し
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