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零戦に関するBIFFのブックマーク (5)

  • ゼロ戦の夢、再び見るか | 特集記事 | NHK政治マガジン

    総額5兆円とも言われる「国家的プロジェクト」が、来年度中に着手される可能性がある。 自衛隊、次期主力戦闘機の開発計画だ。 防衛産業の基盤維持のため、「日主導」で開発する方針を決定した政府。 しかし、「戦闘機の開発実績が乏しく、『ゼロ戦の夢』はうたかただ」と嘆く声も聞こえてくる。 トランプ政権に押し切られ、再び「米国主導」の戦闘機を買わされてしまうのではないか、との声も。 「ゼロ戦の夢」それは現実になりうるのか、追った。 (政治部・防衛省担当 高野寛之) 動き出した、防衛族 6月中旬。 官邸と防衛省を、自民党の防衛大臣経験者らが相次いで訪れた。 次期戦闘機の行方が迷走しているのではないか、そんな危機感を抱いてのことだという。 彼らが安倍総理大臣と、現在の防衛大臣・岩屋毅に手渡した文書。 2035年にも、航空自衛隊のF2戦闘機90機余りの退役が始まる。その後継となる、次期主力戦闘機の開発に関

    ゼロ戦の夢、再び見るか | 特集記事 | NHK政治マガジン
    BIFF
    BIFF 2019/06/26
    興味がある人なら「ゼロ戦」は悪夢だと言うと思うけど、記事の内容も悪夢そのものだった。零戦は好きだし、国産戦闘機はロマンだけど、東アジアはそんなことを言ってられる環境じゃない。。
  • 「零戦」と呼ばれた戦後国産機たち(dragoner) - エキスパート - Yahoo!ニュース

    SNSで少し話題になっていた記事がありました。航空自衛隊の次期主力戦闘機(FX)について、国内開発が進められていたジェットエンジンXF9を紹介した、日経産業新聞(ネット掲載は日経済新聞)の次の記事です。 XF9の推力はエンジンの噴気ガスに燃料を噴射する「アフターバーナー」使用時で15トン。夏村匡防衛システム事業部長によると、「同等の出力を出せたのは米国とロシアだけ」で、欧州の最新エンジンをもしのぐ。FXの開発に名乗りを上げている米ロッキード・マーチンもFX9エンジンの採用に言及している。ついに第2の「零戦」が実現する――。そんな期待が高まっている。(強調部筆者) 出典:次期戦闘機、離陸なるか国産エンジン IHIの先端技術 『第2の「零戦」』。20年以上、軍事関連をウォッチしてきた自分には、かなり既視感のある言葉でした。と言うのも、1990年代に開発が進められた、日米共同開発のF-2支援戦

    「零戦」と呼ばれた戦後国産機たち(dragoner) - エキスパート - Yahoo!ニュース
    BIFF
    BIFF 2018/08/30
    とても悲しい。。「かつて「零戦」と例えられた日本の半導体メーカーは、まさに零戦の勝利と敗北のパターンを再現しました」
  • 零戦展示、開館時は見送る方針 あいち航空ミュージアム:朝日新聞デジタル

    愛知県は、県営名古屋空港(豊山町)に建設する「あいち航空ミュージアム」について、来年11月末の開館時には旧日軍の零戦の実機展示を見送る方針を固めた。当初は零戦展示も検討していたが、数が多く入手しやすい民間航空機4機に絞ることにした。 零戦展示には、鈴木幸育・前豊山町長が「若い子に興味を持たせたくない」と難色を示していた。県幹部は「そうした声は(展示見送りに)関係ない。零戦は名古屋でも造られた。将来も展示しないとは限らない」と話している。 開館時の展示は、戦後初の国産旅客機「YS11」、プロペラ機やヘリコプターなど、いずれも三菱重工業が開発・製造に関わった国産機。その後、三菱航空機が開発する国産初のジェット旅客機MRJの試験機も加える予定だ。県は展示物を用意するため、来年度の債務負担行為として8億8810万円を盛り込んだ補正予算案を12月県議会に提出する。(佐藤英彬)

    零戦展示、開館時は見送る方針 あいち航空ミュージアム:朝日新聞デジタル
    BIFF
    BIFF 2017/05/12
    「零戦が軍国ムード」って何かと思ったら、こんな話もあったのか。歴史を大切にしないこの国らしいといえば言えるのかも知れないけど。。
  • エラーページ - 産経ニュース

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    BIFF
    BIFF 2016/01/28
    「殺人魔機」のインパクト。。
  • 誰が「戦時中はゼロ戦とは言わなかった」と言ったのか・その2 - kawada0zoのブログ

    昨日のエントリの続き。 まずは「戦時中から零式艦上戦闘機は"ゼロ戦"と呼ばれていた」「戦後も遅くとも1957年には"ゼロ戦"としている雑誌記事があった」という点、さかのぼって見てみたわけですが、題はそちらでなく「誰が『戦時中はゼロ戦とは言わなかった』と言ったのか」? 私は吉岡平の『鉄甲巨兵SOME‐LINE』2巻(asin:4829123575)こそはっきり覚えていましたが、それ以外に誰が言ったかなんて調べようがないと思ってました。 それが、あっさり見つかるもんですね。1つだけですが。 『週刊朝日』1990年9月7日号、連載コラム「日相談」の第201回。 読者からの、 第二次大戦中は、英語の使用が禁止されていたといいますが、それではなぜ、戦闘機を「ゼロ戦」というのでしょうか。日語の「レイ」といわなくてはいけないと思うのですが。 という質問に丸谷才一が答えています。 これがマァデタラ

    誰が「戦時中はゼロ戦とは言わなかった」と言ったのか・その2 - kawada0zoのブログ
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