・ガラスが割れにくくなった。昭和の昔は食器とか本当にしょっちゅうパリンパリン割れていた。いまはかなり凝った形のものでも直火OKだったりする。ありがたい。 ・ビールや清酒など(たぶんワインも)醸造系のデリケートな味わいのお酒を飲めるようになった。 ・関西でも三陸のマグロやサンマの刺身が食べられるようになった。 ・スマホで振り込み操作とか。銀行の窓口とか普通に働いていたらなかなか行けないから。
小野田少尉は1974年3月9日、やっと自らの剣を引き渡した。29年間、フィリピンのジャングルで持ちこたえた。日本に帰国後のインタビューや手記では、日本が降伏したことを受け入れられなかったと述べた。 部外者には小野田は狂信者に見えた。しかし帝国時代の日本では、彼の行動は完全に理にかなっていた。小野田は決して投降せず、天皇のために死ぬと誓っていた。女性を含めた他の国民も全員、同じ事をするはずだと彼は信じていた。 だがもちろん、そんなことはなかった。1945年8月15日、日本の最高神である裕仁天皇は、天皇として前例がなかったことをした。ラジオに現れたのだ。原子爆弾が広島と長崎を破壊していた。2つ目の原爆が投下された日、ヨシフ・スターリンが日本に宣戦布告した。ソビエト連邦軍はすでに、満州を席巻していた。数週間以内に、ソ連軍は北海道に上陸するとみられた。裕仁はアメリカへの降伏が最善の選択だと受け入れ
第二次世界大戦における旧日本軍のもっとも無謀な作戦であった「インパール作戦」惨敗の主因は、軍司令官の構想の愚劣と用兵の拙劣にあった。かつて陸軍航空本部映画報道班員として従軍したノンフィクション作家・高木俊朗氏は、戦争の実相を追求し、現代に多くのくみ取るべき教訓を与える執念のインパールシリーズを著した。 インパールを知らぬ世代、必読! シリーズ第3弾『全滅・憤死 インパール3』より、インパール盆地の湿地帯に投入された戦車支隊の悲劇を描く「全滅」の冒頭を一部紹介する。 (全3回の1回目。#2、#3を読む) ◆ ◆ ◆ 早々に過半の兵力を失う状況下で流れた噂 それまで勇将として畏敬されていた将軍が、暴将とか狂将といった評価に急変した。 ビルマ方面の日本軍を指揮した、第15軍司令官・牟田口廉也中将である。 昭和19年3月、多くの反対を押し切って、牟田口軍司令官がインパール作戦を強行した時は、一部で
はてブで久しぶりに岡田斗司夫、唐沢俊一の名前を見た。 今現在、彼らへの言説はほとんど批判一色だ。自分も批判的に見ている。 しかし、かつて彼らの言説が支持されていた時代もたしかにあったのだ。90年代後半の、ある一時期に。 けれども、彼らの本をかつて熱心に読んでいたと口にする人はいない。 スレイヤーズのリスペクトを表明する人がいないのと一緒で、彼らの本を熱心に読んでいたってことは「恥ずかしい」ことなのだと思う。 しかし、ここは匿名ダイアリーなので、自分は書いてしまおう。 あれは90年代後半だった。自分は自意識を持て余していた。 アニメや漫画といったオタクコンテンツが好きなことに後ろ暗さを感じていた。 エヴァはヒットしたけれど、それだけで、オタクたちへの一般的な視線はまだまだ一段低く見る傾向が強かった。 自分は15歳で、クラスの端っこでオタク仲間と固まって学校生活を送っていた。 初めて缶コーヒー
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アメリカ言語学会への公開書簡 日本でもよく知られた言語学者・認知科学者であるスティーブン・ピンカーをめぐって事件が起きた。 2020年7月初頭、アメリカ言語学会( Linguistic Society of America = LSA)に所属する会員たちから、同学会に所属するピンカーを、学会の「アカデミック・フェロー」および「メディア・エキスパート」の立場から除名することを請願する公開書簡が発表されたのである。この書簡には、博士課程の学生や助教授・教授を中心とした600名以上の会員たちの署名が付けられている。 公開書簡では、LSAが2020年6月に「人種的な正義」に関する声明を発表したことを受けて「ピンカーのこれまでの振る舞いはLSAの声明と矛盾するものである」と指摘されており、彼がLSAのフェローの地位にふさわしくない、と論じられている。ピンカーには差別の問題を軽視し続けてきた経緯があり
たまたま読んだこの記事に強い違和感を持った。私の観測範囲では、この記事に批判的な見解がほとんどみられないため、僭越ながらブログとしてまとめてみた。(10年ぶりのブログである) diamond.jp 先に断っておくと、私はこの記事の見解には総じて批判的だが、高校の国語で文学を読ませる意義そのものは理解している。ただし、私は文学についてはかなりドライなところがあるため、文学を愛好する方にはかなり違和感のある文章になるのではないかと危惧する。このブログを読まれる方がどれだけいるかわからないが、この点についてはご容赦いただきたい。 この記事の要点を私なりにまとめるとこうなる。 学習指導要領の新課程で「現代文」に代わり「論理国語」(実用文中心)と「文学国語」(文学中心)の選択になる。多くの高校で「論理国語」が選択されることが予想され、高校の国語で文学に触れる機会が減る。 記事の発信者、榎本博明氏によ
ウルトラマンがテレビ放送されていない時期に子供時代を過ごした世代のことを言うらしい。 具体的にはウルトラマン80放送終了からウルトラマンティガ放送開始までの期間らしいので https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%81%AE%E4%BD%9C%E5%93%81%E4%B8%80%E8%A6%A7 によれば1981年から1995年ぐらいということになる。 私はウルトラマン80を幼稚園時代に見ていたらしく、家に絵本も人形もあったのを覚えてるのでウルトラマン空白世代にはギリギリ該当しないようだ。 ただウルトラマン80の内容は全く記憶がない。 むしろ小学校時代のガチのウルトラマン空白時代に毎日夕方に再放送していた昭和40年代の
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追記 2020/08/16 14:49色んなコメントありがとうございます。 元増田の要点がまとまってないせいもあり、議論の方向性が放射状に伸びちゃったなと反省してます。 追記は下の方でしてます。 元の増田 うちの奥さん、割り算ができない。 「割合」の話をしてて発覚した。 『アルコール度数30%のお酒100mlを二杯飲んだ時のアルコール摂取量』 がわからないんだと。 んで「200円のお肉タイムセールで3割引です、いくら払うことになりますか?」とか「何円お得ですか?」とか手を替え品を替え問題文を作って解かせるも全部不正解。 どこにも言われてない数字が突然でてきて「なんでその数字がでてきたの? 」と聞いても「わからない」の一点張り。 何がわからないの?どこの数字を拾ってきたの? よくよく計算の途中を聞いてみても不可解。 割り算の筆算ができないどころか、実は九九も全部言えないことが判明。 掛け算は
731部隊にいた10代の少年兵たち 「任務が終わった夜に同期の友人と会うと、お互いの業務内容を話していました。『今日は人体解剖をした』『軍用犬に細菌兵器を運ばせる訓練をしている』なんて人もいましたね。まだ10代でしたけど、当然施設内で生物兵器を作っていることも知ってましたよ」 たった14歳で731部隊に入隊した元少年兵の須永鬼久太氏(92)はこう語る。 関東軍防疫給水部本部、通称「731部隊」。満州のハルビン市近郊に拠点を構え、表向きには兵士の感染症予防や安全な給水システムに関する研究を行っていた。しかし秘密裏に非人道的な人体実験を繰り返し、実戦での使用を目指して生物兵器を開発していたとされる。 14歳から17歳という多感な青春時代を、須永は「日本陸軍史上もっとも残虐」とされる部隊で過ごした。戦後75年が経ち、731部隊の実情を証言できる元隊員は少ない。満州の地で、彼はいったい何を見たのだ
自分は、自分で言うのもなんだけどちょっと性格が変だけど、優しくて、一途で、コミュ障で、誠実な人間で、いじられキャラだと思う。 初めて恋愛工学を使ったのは、友達に紹介された女の子と付き合う為に使った。モテますアピールをしつつ、相手をドキドキさせるために小技を使った程度。 その後は素の自分を出して、所謂非モテコミットをして、フラれた。 それで本気を出して、ネトナンってやつをしたわけだ。正直恋愛工学ってのを信用してなかったから、誠実に、付き合う人間を探して頑張ろうとした。 その日行く場所や話題を考えて準備を整えて臨む。相手の言う言葉には、自分なりの言葉で一生懸命考えて、相手の為になるような言葉を重ねる。 下ネタはセクハラになるから入れないようにしていた。 全部ダメだった。下に見られて、ホテルに誘ってもないのに男として見れないと言われた。 そこで徐々に、徐々に恋愛工学で言われたとおりに、「イジり」
「忘れなさい」 そう言われると、逆に忘れられなくなることが誰にでもあるだろう。 あれは夏の日差しが強い日だった。 祖母と曾祖母が唯一、沖縄戦のことを話してくれた日。 心が強い人で、“笑い上戸”の祖母がその時は目にハンカチを押しつけながら泣いていた。 そして言ったのだ。「この話は忘れなさい」と。 その孫娘であるアーティスト・Coccoは忘れなかった。 むしろそれはCoccoが「戦争」を語り継ぐ原点になった。 Cocco 1997年にデビュー。「強く儚い者たち」「樹海の糸」といったJ-POPナンバーから「ジュゴンの見える丘」など古里・沖縄をテーマにした歌まで幅広い楽曲を世に送り出してきた。2021年春のNHK連続テレビ小説のヒロインに決まった清原果耶のファーストシングルの作詞・作曲・プロデュースも手がける。 たった一度。祖母の証言 太平洋戦争で日本唯一、住民を巻き込んだ地上戦となった沖縄戦。4
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています 甲子園高校野球交流試合の開幕日である8月10日から、「あだち充夏祭り」がサンデーうぇぶり、ebookjapan、AmazonのKindleストアなど、各種電子書籍ストアにて開催中です。 これまで電子書籍化されていなかった『ナイン』『ラフ』『虹色とうがらし』『いつも美空』『KATSU!』『ショート・プログラム』などのデジタル版を新たに解禁し(※『H2』のみ、サンデーうぇぶり限定)、さらにこれまでは限定公開だった『クロスゲーム』も全ストアで取り扱いを開始。既に電子書籍化されていた『タッチ』『みゆき』と合わせて、これで全作品が電子書籍化されたことになります。また、各種ストアでは8月23日までの期間限定で、各作品の無料試し読みも。 加えて、甲子園交流試合開催期間となる8月10日~17日には、「サンデーうぇぶり」アプリ上で、同氏の代表作『タッ
スーパー左嫌人極右 @RX_105XI 「なんでオタクの間でメイドが人気なのか?なんでも言う事聞く女の奴隷が欲しいからだ」って真面目に考察してる奴いたけど 性癖なんてかなり単純だから考えるだけ無駄だぞ 人類がコーラとハンバーガー好きなのと理由変わらんからあんなの 2020-01-27 10:02:38
本来であれば、3人で出演するはずの番組だったのだろう。2020年8月8日のNHK土曜スタジオパークには、15日に放送される特別ドラマ『太陽の子』から柳楽優弥と有村架純の2人だけが出演した。 構想10年、原爆開発に関わった若者たちの物語 戦後75年目の終戦記念日に放送されることになる『太陽の子』は、10年前から構想がスタートしている。7月8日に広島放送局で行われた完成試写会の記者会見で、脚本と演出の黒崎博氏はこの物語が10年前に仕事で訪れた広島の図書館の片隅から始まったことを明かした。 図書館のすみに眠っていた広島県史という資料集の中に、若い科学者の日記の残片があったのだと黒崎氏は語る。それは京都大学で原子物理学を勉強する若い研究者が残したもので、そこから黒崎博氏は大戦末期当時に京都大学で行われていた原爆開発、「F研究」に関わった若者たちを知り、「この若者たちの物語を形にしたい」と構想を練り
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