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さあ、歌おう。声の限りに、Song of manaを。 以下、かなりの長文ですので、忙しい人は画面をスクロールして最後の3行だけ読んでください。デカい字で書いてあるので目立つ筈です。 プレイステーションというハードが1994年に世に出てから、もう21年が過ぎました。ファミコンが出たのが83年ですので、実は「ファミコン→プレイステーション」の時間的距離よりも、「プレイステーション→現在」の時間的距離の方が倍近く長い、ということになります。 かつて、プレイステーション・セガサターン・PC-FX・ニンテンドー64辺りの、いわゆる「次世代機戦争」を間近で経験した私にとっては、今でもプレイステーションは次世代機ではあります。とはいえ、流石にぼちぼち、レトロゲームネタとしてプレステゲームを取り上げても良い頃かと思いました。皆さまにとって、プレステやサターンにおける「レトロゲーム」はどんなゲームでしょう
以前も似たようなことを書いた記憶がありますが、ちょっともう一度書かせて下さい。 いわゆる文章力というものには、大雑把に考えると二つの方向性があります。ざっくり「語彙力・表現力」という意味に近いものと、ざっくり「整理力・構成力」という意味に近いものです。 前者は、様々な単語や熟語、レトリックを使いこなして、きらびやかな、豊かな文章を作る能力。 後者は、文章の構造や論点をきちんと整理して、言いたいことを過不足なく、分かりやすく、読む人に伝える能力です。 この二つ、別に相互矛盾するわけではないですし、共存出来ないものでもないんですが、一方に特化すると、もう一方は発揮しにくくなる傾向があります。「表現が豊かで、しかも簡潔で分かりやすい」という文章はなかなか書きにくいんですね。短文であればあるほどそうです。 つまり、「表現力に近い文章力」と「整理力に近い文章力」をいっぺんに身につけるのは、不可能とは
ドラクエ9をやって、ふと思ったこと。過去の話がメインになるので万里で書く。 今回のドラクエでは、通常の職業の人が通常覚える魔法としては「ルーラ」が存在しない。代わりに、シナリオ進行上のとあるポイントで、主人公が無条件に覚える。同じくイベントで習得する5とは違い、9のルーラのMP消費は0であり、必然的に今回のドラクエではルーラが使い放題である。町の中から外に出る時に使うことすら気軽に出来る。超便利。 で、ふと思った。「あー、ここまでもってきたのかあ」と。 ルーラとはそもそも何だったのか、ということについて考えてみたい。 ドラクエにおけるルーラとは移動呪文である。1の時はラダトームに、2では最後に復活の呪文を聞いた場所に、3以降では1度でも立ち寄ったことのある町に、主人公パーティを一瞬で運んでくれる。同一効果は「キメラのつばさ」でも得ることが出来るが、こちらは勿論買うなり取るなりしなければなら
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