ブックマーク / mazmot.hatenablog.com (2)

  • 書くだけなら、犯罪の手口を書いても罪には問えない(ふつうは) - 天国と地獄の間の、少し地獄寄りにて

    死んだ祖母が私が子どものころに「世のなかに覚えておいてわるいことは何もないよ」と言っていたのを、いまでもその口調とともに思い出す。「泥棒だけは覚えたらあかん」とも言っていたのだが、この「泥棒を覚える」は知識の類ではなく、慣用表現で「悪事を習慣化する」という意味だから、祖母の意図としては「知識に関しては制限を設けるな」ということだったのだと思う。というのも、この話をしてくれた時期、私は将来のビジョンも何もなく、ただ手当り次第にに読みふけっていた。昭和の私小説からコンクリートの打設方法まで、古代史からソビエト製の通俗科学書まで、ノージャンルで目につくものを片っ端から読んでいた。そして不安になった。いったい自分は何をやってんだろうと思った。そういうときに、そんな私の内心の焦りを的確に見抜いて「泥棒のほかは覚えてわるいことなんて何もないよ」と言ってくれた祖母の言葉は、私の心に深く刺さった。 実際

    書くだけなら、犯罪の手口を書いても罪には問えない(ふつうは) - 天国と地獄の間の、少し地獄寄りにて
    ET777
    ET777 2023/08/24
    や、言論だけでは罪に問われないはずだという前提が。「編集者は書類送検されて一人前」と日々屈伸していた界隈があったとかなかったとか聞きますんで、いつでも殴り合いなのではないかと思います
  • 校正やってた頃の思い出 - 天国と地獄の間の、少し地獄寄りにて

    大学を途中で辞めてバイト生活をはじめてしばらくして、私が自分の仕事として選んだのは編集だった。もう40年も前のことだ。まだDTP以前の時代で、主流は写植だった。電算写植がそろそろ出てきていたけれどまだ虫眼鏡でドットが見えるぐらいの解像度で評判は悪かった。むしろ活字のほうがきれいだということで、実際、活版清刷り*1の仕事なんかもそこそこにあった。そんな時代のことだから、現代の常識とはちがう。もっというと、出版関係のオペレーションは出版社によってちがうし、業界によってもだいぶ常識がちがう。たとえば私のいた学参業界なんてのは著者と編集者の境界線が非常に曖昧だった。編集プロダクションは著者を起用する前提で原稿料と編集料の両方を請求するのだけれど、手練の編集者になると著者への依頼はせずに自分で原稿を書いてしまい、両方とも懐に入れるなんてことをやってた。出版社もちゃんとした原稿ができればそれでOKとい

    校正やってた頃の思い出 - 天国と地獄の間の、少し地獄寄りにて
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