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ブックマーク / mutronix.hatenadiary.org (7)

  • ブクマ話で全力でDISりたい部分 - 焚書官の日常

    (註:ブックマークされたので補足。ここと合わせて http://d.hatena.ne.jp/mutronix/20080604/p2 もお読みいただくと、多少意味が通じるかも知れません) 最初読んだだけでは、それが自分にとって、どういう意味を持つのかがまだわからないエントリというのが、けっこうあって、そのことを私は問題にしたいんだなぁと思った。 そういうものに「人生」「ネタ」「もめごと」みたいなタグを振るという行為は、ものすごい妥協なのだよね。妥協ってわかってやってるならともかく、だんだんタグを振ることが自己目的化していく。 で、ふと我に返って自分に突っ込む。「お前、後で自分のブックマークを「人生」とかいうタグで検索して眺めんの?」うへぇ。 ある文章が、自分にとってどういう意味があるかっていうのは、タグづけじゃフォローできない。 とりあえずピンときたものを何かにしまっておくのが、せいぜい

    ブクマ話で全力でDISりたい部分 - 焚書官の日常
    EurekaEureka
    EurekaEureka 2008/06/10
    "言語化不能なものが徐々に意味を獲得していくプロセスなんて、個人のものなのだから、そんな機能をブクマに求めるのはお門違いじゃね?"
  • えっけんさんのエントリを二つ読んだ - 焚書官の日常

    たまたま続けて読んだのでメモじゃなくて感想として書く。 ネガティブコメント http://ekken.blog1.fc2.com/blog-entry-859.html 死ね死ねコメンターは「自分が書いたことがそのまま公開されて相手がダメージを受けるか慌てるかする」という状況をつくりたいと思ってる。 承認制というのは、その「書いたことがそのまま反映される」という前提を、ブラックボックスに入れて、わからなくしてしまうということだ。コメント欄に表示されているコメントは、都合よく取捨選択されたものかもしれない。だから、自分がコメントしても表示されないかも知れない。*1 そういう風潮がある程度流行すれば、コメント欄は、コメントを書く側にとって「書きがいがないもの」とみなされて、死ね死ねコメントの対象になりにくくなるんじゃないだろうか。 面白がって書かれる、つまらないコメントの全体数が減るというか。

    えっけんさんのエントリを二つ読んだ - 焚書官の日常
    EurekaEureka
    EurekaEureka 2008/06/09
    殺人ボットによる閾値介入。ボット三原則には抵触しないのだろうか?
  • はてなブックマーク基礎論 - 焚書官の日常

    問題(案) 1. (配点 各5点) 次の「はてなブックマーク」タグについて、(a)それぞれ、タグ付与者はなぜそのようなタグの形式を取ろうと思ったのか、利用者のタギングの動機を推測しなさい。(b)また、同じユーザとして、そのようなタグを許容することができるかどうか、感想を書きなさい。 http://b.hatena.ne.jp/t/7.%27special%7copt%28%e6%9c%80%e9%81%a9%29%7c%e5%b0%82%e7%94%a8 http://b.hatena.ne.jp/t/bm6264752 http://b.hatena.ne.jp/t/%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%82%92%E5%B7%A1%E3%82%8B 問2. (配点 5点) 問1に立脚して、「日語圏におけるフォークソノミの崩壊」について、自由に

    はてなブックマーク基礎論 - 焚書官の日常
  • 演説の誕生 - 焚書官の日常

    菊池さんのNHKの動画を通しで見た。 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.youtube.com/watch?v=9LNRYsyWgEY (「ゲーム脳」について、もっともらしいけど何かうさんくさいと感じている人は是非見てください) 見ながら感動してしまっている自分がいた。まさに「小気味よく*1語る」菊池さんに、おれが日記でもにょもにょ書いていたことを、よくぞ明快に言ってくれた、と同調している自分が…。 全文テキスト打ちしたい欲にかられる。しかしそんなことをして公開したら、それ自体がドグマ化するので、もししてもローカルに保管しておくべきだろう。 画面上部で語る菊池さんの映像と、それをクリップした400人オーバー(今現在)のブックマークを見ると、新しい形の演説が生まれたような感覚を持った。 もちろん、YouTubeを使った演説には科学的誠実さは問われな

    演説の誕生 - 焚書官の日常
    EurekaEureka
    EurekaEureka 2006/12/27
    "新しい形の演説が生まれたような感覚を持った。"
  • 数学に関するイメージ操作能力と語学の能力 - 焚書官の日常

    a. いつものごとく、「ながら見」で詳しくはよくわからないのだけど、NHKで、数字に関する認識能力の高い人の番組をやっていた*1。「2040年2月13日は何曜日?」だとか、「17の7乗はいくつ?」という問題に答えたりする…日では「びっくり人間コンテスト」に出てきそうな話題なのだけども、それを真面目に研究している人がいるよ、という話。 そういう能力(以下「能力」)を持つ人の脳の中の数に関する処理構造は、数そのものが持つ構造にマッチしている、ということらしい。 「能力」を持った人の頭の中で、「かけ算」はどのように処理されるのか、というのを、イメージ映像で作っていたのが面白かった。両側に二つの数の「かたち」を思い浮かべて、その間の空間にぴったりあてはまる「かたち」を探す、のだそうだ。そして、その「かたち」を読むことによって、徐々に数が明らかになってくる、というのだ。 「素数がなめらかだ」とか「

    数学に関するイメージ操作能力と語学の能力 - 焚書官の日常
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    EurekaEureka 2006/02/13
    数のイメージ
  • あれこれ書いたことに対してあれこれ言われるものだ、以上の何かそこにあるのか - 焚書官の日常

    http://blog.drecom.jp/akky0909/archive/439 あなたがいま「秘密の愚痴」を吐き出している穴ぼこは、吐き出された秘密をすべて公衆に向かって暴露してしまうトンデモナイ穴だということを早く悟ったほうが身のためだと思う。 当事者が「これ以上、噂を広めるのはやめてくれ」と声を上げることは出来るが、その声を誰もが聞いてくれるという保証はどこにもない。そういう声を上げることによって、かえってその噂話に人びとの関心をひきつけてしまう場合もあるかもしれない。つまり、話が公になったが最後なのだ。 トンデモナイ、話が公になったが最後、という価値評価は人それぞれと思うけど、まぁ読む人がいたら何か言われるだろうし、人の口に戸は立てられない、ということなんだろう。 この喩え話(?)をもって「無断リンク禁止」論に対する反論とする気はさらさらないけれど、少なくともこれがネット社会の

    あれこれ書いたことに対してあれこれ言われるものだ、以上の何かそこにあるのか - 焚書官の日常
    EurekaEureka
    EurekaEureka 2006/02/09
    "「あしか」のタスクにはPermalinkがない" ToDoってそんなものなのかもしれないけれど…遊びで使うにはちょっと残念
  • ソーシャルブックマークのタグ付けにノイズを感じる件 - 焚書官の日常

    SBSのタグは、個人の行為の積み重ねが、全体としてはだいたい良好な結果を導き出す、という予測にもとづいてデザインされているので、これにノイズが入る、という言い方がよくわからない。 「そういう周辺領域が中心を活性化させるのです!」とか言っておけば、web功利主義者を納得されることができるかもしれない。 自由に使っていいですよーと巨大な粘土を渡されて、100人で好きずき部分部分をいじって遊んでいたら、突然学級委員が現れて「みんな! もっと全体のことを考えていじろうよ」とか言われてる感じですよ。出てきた結果が全てなのに。 追記 ちょっと昨日からの流れで「立場表明」→「べき論」へのすり替えに過敏になってるようだ。 ブクマされているようなので補足。 こういうことを書くと、いったん話を公共性という上のレベルの話にして、そこから別の場所、たとえば「はてブの暴力性」とかいうところに着地して、「だって自由な

    ソーシャルブックマークのタグ付けにノイズを感じる件 - 焚書官の日常
    EurekaEureka
    EurekaEureka 2005/12/29
    追記も併せて読もう。
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