秋葉原で連続通り魔事件があった。僕はこういう犯罪が起こる度調べるが、この容疑者には脱力感だけが残った。そもそも追い詰められ、通り魔という「よくある」模倣的な犯罪を起こそうという考え自体、発想が貧困だと思う。 たとえばこの事件がまだなかったとして、ある純文学作家がこの事件と同じ小説を書いたとする。良識ある編集者なら、間違いなく書き直しを要求する。理由は、このような事件を起こす犯人として、その主人公の考え方があまりにも典型的で、妙な言い方になるが、『罪と罰』や『金閣寺』の主人公のような悲しみも深みもなく、あまりに薄っぺらいからだ。 殺人を考え、破滅に惹(ひ)かれたのなら、ナイフを買ったり友人に迷彩服の購入方法を聞いたりするような、「格好から」入るのではなく、せめてドストエフスキーやカミュやサルトルくらい読破してもらいたかった。彼がどのような本を読み、どのような映画を観てきたか知らないが、このよ