( プロローグ ) 懐かしい街にふらりとやってくると、記憶と異なる姿になっているときがある。少し前の僕なら、寂しさや悲しさに包まれて次の朝まで落ちこんでいたに違いない。今はただ、時間が経過したんだな、淡々とそう思うだけだ。今日もそんな思いをした。学生のひとときを過ごした飲み屋がなくなり、そこには僕の記憶にないビルが建てられていた。 ( 前 編 ) 大学一年の秋。僕は、横浜の本牧埠頭でバイトをしていた。岸壁に接岸した艀に粉を積み込んだり、船上げされた貨物をコンテナの中から引っ張り出し、木製のパレットに積み込んで倉庫に片付ける。そんな作業場の事務のバイトだ。僕の仕事は、いろいろな帳面を書いたり、日雇いの人の給料を計算して払ったり、在庫を管理したりすることの手伝いだった。女の子もいないし、お世辞にも綺麗な場所とはいえない、地味なバイトだったと思う。 作業場の事務所は港に面していて、ほんの少し窓を
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