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ブックマーク / book.asahi.com (5)

  • asahi.com:フランスの学歴インフレと格差社会―能力主義という幻想 [著]マリー・ドュリュ=ベラ - 書評 - BOOK

    フランスの学歴インフレと格差社会―能力主義という幻想 [著]マリー・ドュリュ=ベラ [掲載]2008年02月24日 [評者]小林良彰(慶應大学教授・政治学) ■教育の長期化でも残る不平等に警鐘 わが国は、親の階層とは無関係に子供が頑張れば弁護士にも医者にもなれるという意味では平等な社会である。しかし、かつては都立日比谷高校などの公立高校が東大合格者の多くを占めていたが、今は中高一貫教育の私立が上位に並び、東大生の親の年収が全国平均を大きく上回っているという。 欧州でも英国では、私立のパブリックスクールに行くか公立に行くかで将来の進路は大きく分かれる。公立からオックスフォードやケンブリッジへ進学するのは至難の業であり、親の階層が子供の進路に大きく影響している。 これに対して、フランスでは、親の社会階層にかかわらず、子供の教育機会を増やすことで社会的流動性が高まり、平等な社会が実現するという平

  • asahi.com:「売れ残った本」半額に 出版社17社、ネットで本格販売 - 出版ニュース - BOOK

    「売れ残った」半額に 出版社17社、ネットで格販売 2007年10月07日 再販契約で定価販売を義務づける出版業界で、「売れ残った」をインターネット上で値引き販売しようという試みが、12日から格的に始まる。これまでの絶版や期間限定の割引販売から一歩進め、小学館や集英社、講談社、文芸春秋などの大手出版社が、絶版の一歩手前の「在庫僅少(きんしょう)」を提供し、半額で通年販売する。出版不況で書籍の4割が読者の手に届かず返品されるなか、価格を拘束しない「第2の市場」を創設しての復活をはかるのが狙いだ。 販売するのは、小学館と集英社などの関連会社、昭和図書(大竹靖夫社長)が運営するインターネットのショッピングサイト「ブックハウス神保町.com」(http://www.bh−jinbocho.com/)。 昭和図書の呼びかけで、今春から小学館、集英社など4社が、初版発売後1年以上経過し、

    Gen
    Gen 2007/10/07
    市場原理の貫徹は大賛成。
  • asahi.com:「アカデミックな変人」待望論 (1) - 特集 - BOOK

    「アカデミックな変人」待望論 (1) 2007年09月11日 ■ スペシャルトーク 茂木健一郎 × 林 望 イギリス的なるものに憧(あこが)れを抱く気鋭の脳科学者と、イギリス文化移入の歴史に精通した書誌学の俊才。共に「NTT出版Webマガジン」に連載を執筆中のお二人が初めて相まみえた座談の席は、異文化交流の要諦(ようてい)や日のアカデミズム再生など、大いに議論が膨らんだ。 茂木健一郎氏(Ken−ichiro Mogi) 1962年生まれ。脳科学者、東京工業大学大学院連携教授。東京大学卒業、同大学院博士課程修了。理化学研究所、ケンブリッジ大学での研究員を経て、現在はソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。クオリア(感覚質)を鍵として脳と心の関係を研究する。著書に『脳と仮想』(新潮社)、『クオリア入門―心が脳を感じるとき』(筑摩書房)、『天才論 ダ・ヴィンチに学ぶ「総合力」の秘

    Gen
    Gen 2007/09/19
    もぎもぎ
  • asahi.com:ダサいオヤジは「暴力的存在」である  [著]松尾智子 - 新刊エクスプレス - BOOK

    ダサいオヤジは「暴力的存在」である  [著]松尾智子 2007年07月30日 〈出版社からのコメント〉 このが、知らないうちに机の上に置かれていたら要注意! 会社で使える「身だしなみの相互チェックリスト」付き 身だしなみのチェックテスト ●最近、鏡をじっくりと見た記憶がない ●会社で歯を磨いたことがない ●お風呂で体を洗うのは、毎日ではない ●散髪するのは2〜3カ月に1度 ●2日続けて同じを履くことがある ●ネクタイはほとんどクリーニングに出さない →1つでも当てはまる人は、ぜひ書を読んでください! 「男は清潔であればいい」のか? 男は清潔であればいい。鏡を覗き込む若い男は気持ち悪い。そんな自分勝手な「思い込み」を振りかざし、ダサい格好で平気な中高年男性は、若い世代には「コミュニケーションを拒否している」と映ります。「外見」は人からどう思われたいか、という会話の第一歩であり、自分とい

    Gen
    Gen 2007/08/01
  • asahi.com: グローバル化の社会学 [著]ウルリッヒ・ベック�-�書評�-�BOOK

    「リスク論」という学問があり、リスクを客観的な確率として計量可能なものとみなし、リスクをはらむ行為から得られるベネフィットと検査や被害のコストを比較して、行為の適否を決めるべきだと唱えている。リスク論は「近代」の所産である。近代とは、市場で個々人が合理的に目的を追求し、発生した失業や公害のリスクは国家が福祉・社会政策によって制御しうるとされる歴史段階だからだ。 けれども技術が日進月歩する現在、原因と結果の関係は複雑化し、計算は素人には不可能事となった。代理として専門家が登場したが、高度な分業生産体制のもとでは責任は曖昧(あいまい)だ。マンション耐震強度の偽装や牛海綿状脳症(BSE)にかんする全頭検査が話題になった今年ほど、この問題が切迫して感じられた年はあるまい。 ベックは86年の『危険社会』で、市場経済の生み出すリスクが制御可能であったのは「第一の近代」にすぎず、因果関係の複雑さや分業体

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