明治時代の津波で壊滅的被害を受けた経験から、「自分の身は自分で守る」の精神を受け継ぎ、東日本大震災の津波に見舞われながら、外出先で不明となった1人を除く74人が無事だった集落が岩手県大船渡市にある。津波で孤立状態になれば支え合いの精神を発揮。近所同士で身を寄せ合ってしのぎ、水や食料にも不自由することはなかった。(市岡豊大、写真も)自分の身は自分で 大船渡市赤崎町の合足(あったり)集落。かつて三陸名産のワカメ漁が盛んだった小さな漁村で、川沿いの谷に24世帯、75人が暮らしていた。 地震が発生したとき、自治会長の上野敏夫さん(61)は海岸でワカメ漁の片づけをしていた。津波に備えて、必死の思いで仲間の漁師と水門を閉じ、近くの山にかけ登った。「みんなうまく逃げたか…」。ほかの住民のことも気になったが、まずは自分の身を守った。 その直後に津波が集落を襲った。防風林の松がなぎ倒され、海に近い民家4戸が