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2008年9月20日のブックマーク (2件)

  • 売春窟に生まれついて→未来を写した子どもたち - 映画評論家町山智浩アメリカ日記

    3年前からブログやラジオや雑誌で何度も紹介したり、各映画会社に「配給してよ」とDVDを押し付けたりして回ってきたアカデミー長編ドキュメンタリー部門受賞作『売春窟に生まれついて』ですが、 やっと、やっと、『未来を写した子どもたち』の邦題で11月から日公開されることになりました。 http://www.mirai-kodomo.net こういう映画がなかなか公開されなくて、ケータイ小説映画とかアキモトコー映画とか手塚治虫や黒澤明の墓泥棒みたいな百害あって一利なし映画ばかりが劇場を支配している日映画界現状ってなー。 もうひとつ。 『未来を写した子どもたち』とは直接、何も関係ないけどさ、ムカつくから言わせてくれ。 この映画はアカデミー賞まで獲ってるし、アメリカではDVDまで出てるのに、配給会社が決まるまで、日映画評論家は誰一人として話題にしなかった。 文芸評論家だったら、普通、芥川賞受賞

    売春窟に生まれついて→未来を写した子どもたち - 映画評論家町山智浩アメリカ日記
  • 何人をも幸せに出来ないのではないかという恐怖。 - 真性引き篭もり

    人は皆、誰かを幸せにする事が出来る。 人は皆、誰かを喜ばせる事が出来る。 ある一人の人間が他の誰かを幸せにし、その誰かがまた他の誰かを幸せにする。世界はそんな風にして回っている。人間世界というものは、とどのつまり、幸せのネットワークである。 円満な夫婦から生まれた赤子は、ただ「おぎゃー」と泣くだけで、他の誰かを喜ばせる事が出来る。他の誰かを幸せにする事が出来る。赤子というものは、類を見ぬまでの強キャラである。けれども成長するにつれ、人は皆その、天性の力を失ってゆく。 たとえば、今そこで、あなたが泣いたところで、誰が喜ぼうか。たとえば、今ここで、僕が泣いたところで、誰が幸せになろうか。何人も、幸せになどならぬのである。誰一人として、喜んだりはせぬのである。泣いてるだけでは、駄目なのである。では、どうすればよいか。 最も手っ取り早いのが、労働である。労働を行えば、誰かが幸せになる。即ち、労働を

    Hagalaz
    Hagalaz 2008/09/20
    考えさせられる