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赤毛に青いサングラス――独特な出で立ちのエンジニア庄司さんは25歳からプログラマーに転向した。プログラミングは「泣きながら覚えた」と振り返るが、いまやjava-jaを立ち上げるなど精力的に活動するエンジニアだ。 この企画はokyuu.com編集部が現在のエンジニア像をリレー形式で追っていくものです。 (取材・文=編集部) 庄司嘉織(しょうじよしおり) 1975年7月22日生 34歳 ドワンゴ 研究開発本部 統合情報システム開発部 【略歴】 1996年3月 沖縄大学中退 2009年3月 株式会社ドワンゴ入社 ――ITエンジニアになったきっかけを教えてください。 庄司 プログラマーになる前は、契約社員で4年ほどパソコンのサポートをやっていました。中小企業のヘルプデスク業務を支援したり、プロバイダーの加入者をサポートしたり、仕事は多岐にわたっていました。インターネットが出たての頃だっ
-Bio_100%のメンバーの中では、ハンドルネームで本名を名乗っているのは恋塚さんだけですよね。 恋塚:あ、そうかもしれないですね。“戀”を新字にはしていましたけど。 -では、最初にコンピューターに触れた経緯を教えて下さい。 恋塚:小学校の3~4年くらいに、親に4ビットのワンボードマイコンを買ってもらったんですよね。製品名は覚えてないんだけど、それが最初です。それでプログラムをやるようになって。 -4ビット……。そんなに古くから、しかも小学3~4年ですでにコンピューターをいじられていたとは驚きです。 恋塚:PCやMZなどの一般的なパソコンでいうと、多分PC-6001あたりが最初です。当時はAppleⅡeなんか憧れていたんですけど、店頭でいじったりしたぐらいで買えなかった。中学の先生がAppleⅡeを持ってたんですよ。モッキンボードつけてプレイした『ウルティマ』の音を録音してきて
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