パスカル・ボイヤー『神はなぜいるのか?』を読んでから、二つの観点が頭に残り続けている。 宗教というのは極めて現状追認的なものであるということ。 宗教的概念として受け入れ可能なものは、人間の持つ直感的な分類カテゴリーに違反するような属性が、ひとつだけ加わったものであることが多いということ。 前者は、多くの人が貧しく苦しかった過去の時代には苦難をよしとするような宗教が流行り、「人間には無限のエネルギーが備わっている」というような底抜けにポジティブな新興宗教は、豊かで発展した現代先進国でこそ生まれた、という程度の話。 本の中ではそんなに大きく取り扱われていたわけではなかったが、別の知見と合わせて気になってきた。これについては、また稿を改める。今回は後者について。たとえば、 遺体(生きているという人間の属性を失って自然物のようになった人間) 親以外から生まれた人間(人間の属性のひとつに違反する人間