前回の補足。 前回のエントリの趣旨は、国際比較で公務員の数が多いとか少ないとか、給与水準が高いとか低いとか、そういう類の議論そのものに疑問を呈したことにある。むしろ問題関心は、そもそもデータとしては明白なまでの「小さな政府」なのに、どうして世論の実感としては「大きな政府」のように感じられるのかということにあった。いろいろと参考になるコメントをいただいて大変恐縮だけども、自分の根本的な問いはそういうところにはなかった。 自分は、そもそもデータ以前に現実に起こっている問題から考えて、公共部門の労働者は今よりも必要なんじゃないかと考えているが、それを妨げているのは、とりもなおさず「大きすぎる政府」という世論の実感にある。この実感は、もともと(社会のことに何の関心もなかった時代の)自分のなかにも少なからずあったもので、だからこの実感そのものを説明する必要がどうしてもあると考える。 データで世論の無