最初は将軍にも実力があり、親分や統領的な立場にあったものが、次第に世襲の形式的な立場になり、最後には実態が無い様な幻の存在となって歴史の彼方へ。その存在そのものが消えていってしまいました。 その歴史的にもミステリアスな終わり方と存在が、鎌倉の歴史ロマンと魅力の一つにもなっているのかも知れません。 そんなある意味鎌倉幕府の将軍が飾り物として君臨していた中で、実際に鎌倉将軍を動かしていたのが、初代将軍源頼朝の妻の実家である北条氏でした。 そんな北条氏によって、鎌倉幕府と将軍が補佐され続け、実際に政治が収めていた事で鎌倉幕府は成り立っていました。 そんな鎌倉幕府の仕組みの上で重要なのが、北条政子の父である北条時宗がなった執権という役職です。 この執権とは何なのでしょうか? どうして鎌倉幕府には執権という役職が必要になったのでしょう。 次はそのあたりを簡単に解説していきましょう! 鎌倉幕府に執権が
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