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昭和に関するJumpingJackFlashのブックマーク (2)

  • LIFE誌が撮影した1964年の日本の若者たちの画像

    1960年代、日ではいわゆる「高度成長期」時代で、若者たちを中心に反政府運動、反戦運動が盛んになる一方、音楽ファッションを含めたアメリカの若者文化は、日の若者たちを魅了しました。これらの画像はLIFE誌の記者が日に訪れ、当時の日の若者たちを撮影したものだそうです。半世紀前の日の若者たちは、外国人記者の目にこのように映っていたようです。 ソース:Японские бунтари и стиляги 60-х : НОВОСТИ В ФОТОГРАФИЯХ 関連動画:1960年、東京の夜 関連記事: 1960年(昭和35年)の日の学生寮に暮らす学生たちを撮影したドキュメンタリー映像 1960年(昭和35年)に大阪や東京の学生寮に暮らしている学生たちを撮影したドキュメンタリー映像だそうだ。1960年代はいわゆる高度成長期と呼ばれる時代で、1960年は、ソニーが世界初のトランジスタテ

    LIFE誌が撮影した1964年の日本の若者たちの画像
    JumpingJackFlash
    JumpingJackFlash 2012/05/17
    僕は76年生まれだから…そうか、母の写真がこんなだったっけ。今も夜毎クラブに通って退廃的な生活をしてるアシがいるけれど、こういう熱中の仕方が出来ない僕は、どの時代にいってもココにはいないんだろうな(寂)
  • 太平洋戦争前後、疲労回復薬として使用されていた覚醒剤「ヒロポン」の広告画像

    ヒロポンは、大日住友製薬によるメタンフェタミンの商品名で、太平洋戦争以前より製造されており、「除倦覚醒剤」として販売されていました。疲労倦怠感を除き眠気を飛ばすという目的で、軍・民で使用されていたそうです。 いまでこそ、覚醒剤の代名詞であるヒロポンですが、当時は副作用についてまだ知られていなかったため、規制が必要であるという考え方自体がなく、一種の強壮剤のような形で利用されていました。(wikipedia) ヒロポンの広告を集めて紹介しているサイトがあったみたいなので参考までに。 【42000おまけ ひろ子さんも、ヒロヒト君も】(via tamahime_b) 広告画像や内容に関しては上記リンク先をご覧ください。 ヒロポンの瓶(ソース:東京都薬剤師会・北多摩支部 ) 終戦直後に軍の備蓄品が一気に市場へ流出し酒や煙草といった嗜好品の欠乏も相まって人々が精神を昂揚させる手軽な薬品としてヒロポ

    太平洋戦争前後、疲労回復薬として使用されていた覚醒剤「ヒロポン」の広告画像
    JumpingJackFlash
    JumpingJackFlash 2011/11/14
    その昔、アニメーターだった頃に師事していた大先輩の武勇伝で似たような話がありました。宇宙戦艦で有名なとある現場で、こーいった類いの気付薬の差入れがあったとのこと。のどかなのかなんなのか…ねぇ?(苦笑)
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