『世界』臨時増刊号を拾い読みしていたら、五野井郁夫という人の以下の発言に遭遇して驚いた。 「近年のデモの参加者は無理をせず、行ける時に参加しています。また、官邸前の弁護団がよい例ですが、「接見弁護があるから今日は行けません」とか「30分だけ行けます」とかいうのもあります。ここが気にくわないから出て行く、だけれども戻って来られるという、やわらかな共同体。 実際、いいことか悪いことかすぐに判断はできませんが、鬱憤晴らしで極右のデモにも行くけど、反貧困のデモにもコアメンバーとして参加するという人が出てきています。どちらも現代社会の犠牲者ではあるわけで、アイデンティティのクラスターが一つだけではなくなっていることは確かです。希望的観測ですが、そうなると世界の見方も複数性を持ってくるから変わるのかなと思います。」(西谷修・五野井郁夫「デモは政治を開けるか」『世界』臨時増刊、第841号、2013年2月