広告『フラダン』を読んで神奈川 太郎 『フラダン』は、言葉を信じながら描かれた、強さと弱さの物語だ。そして、善意と悪意の物語だ。 強さがあるからこそ、私たちは善意を抱くことができる。また、善意に囲まれていればこそ、私たちは強くあれる。その一方で、弱いからこそ、私たちは悪意の奔流に押し流されてしまう。また、悪意に曝されれば、私たちは脆くも崩れ去ってしまう。 だから、私は強く善くありたいと思う。 しかし、この社会のなかで、そうあることは難しい。「この世は自分たちの手には到底負えないほど大きくて、深い悲しみと理不尽でできている」。私はひとりでは、その悲しみと理不尽とに抗うことができない。だから、私は誰かと手を取り合って歩みたいと思う。 ところが、誰かと一緒にいれば、「疲れるし、嫌な思いだってするだろうし、ときには諍いにもなる」。「どんなに頑張ったって、他の人の気持ちはやっぱり分からない」。無垢な
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