ある本の前書きです。 ~~~~~~~~~~~~~ その女性は、手のひらに乗るほどの小さな箱を箪笥から取り出すと、 「大切なものが入っているの」 そう言って微笑み、私の前へ静かに置いた。 見事な寄木細工の小箱だった。 一体、何が入れられているのだろう。 銘柄も判別できないほどに変色し、指で触れれば崩れてしまいそうな――。 「彼の唇に触れた唯一のものだから」 八十四歳になる伊達智恵子さんにとって、六十年以上も前の吸殻は、婚約者であった穴沢利夫少尉(享年二十三)の遺品だったのである。 「女物のマフラーを巻いたまま、敵艦に突っ込んでいった特攻隊員がいる。しかも、その隊員の婚約者だった女性は、未だに健在でいるらしい」 特攻隊の取材をしている知人からの情報で、都内で一人暮らしをしている智恵子さんを訪ねたのは、平成十八年一月十三日のことだった。 寂しいご婦人なのだろうか。 そんな私の予想は裏切られ、実際