早く次のエントリーを上げなければと思いつつも、ついつい時間を無為に過ごしてしまって、やっとエントリーを書き上げた。今回も引き続きテーマは科学と道徳。前回『【語りえぬもの】を語る姿勢』の続きである。 前々回の“道徳は【語りえぬもの】である”との結論を受けて、前回は“「節操」の欠乏した道徳者はニセ道徳者”と結論した。ここでいう「節操」とは“道徳を【語りえぬもの】として語ることであり、そこから“「節操」の欠乏”は“道徳をあたかも【語りえるもの】として語る”ということが導かれる。すなわちニセ道徳者とは“【語りえるもの】として道徳を語る者”ということになる。 ではニセ道徳者とは誰を指して言うのか? もちろん、具体名を挙げるといった「節操」に欠けた行為はできない。具体名は【語りえぬもの】としておいたほうがよかろう。それよりも、ここではニセ道徳者の有様をなるべく具体的に考えてみたい。そこで科学を【語りえ