■「価値一般」を串刺しにする思考 吉本さんには、まとまった経済学の著作といったものはない。しかし経済の問題は、文学や政治の問題と並んで、吉本さんの重大な関心領域であり続けた。スミスやマルクスの経済学を学ぶことから出発しながら、現代の新しい現実と格闘しているうちに、吉本さんは独力でひとつの体系をつくってしまった。 その体系はいわばヴァーチャルなもので、目に見えるかたちでは、折にふれての思考としてしか表現されなかった。それでも、それらをつなぎあわせてみると、とても未来的な可能性を秘めている、ひとつの経済学の一貫した考え方が、浮かび上がってくる。 初期の『言語にとって美とはなにか』の中で、吉本さんはマルクスが経済の研究から着想した「価値」の概念を、文学の領域に創造的に転用することで、言語学や文学理論のはるか先を行く視点を、切り開いてみせた。増殖するというのが、価値の重要な特徴である。じっさい私た