ブックマーク / tikani-nemuru-m.hatenablog.com (4)

  • いつから「表現の自由」の問題と思っていた? - tikani_nemuru_M’s blog

    千葉県警が児童向けの交通啓発PR動画を作成し、抗議を受けて削除した問題。 表現の自由の侵害だ、などと言われているようである。しかしこの問題にはそもそも「表現の自由」などは関係ない。 その理由を説明する。 1 表現の自由とは国家に対する個人、公権力に対する私人の自由である。これは表現の自由における基のキの字といえる。 発注者の千葉県警は公権力サイドそのものであり、私人の自由である表現の自由があるはずもない。今回は警察という公権力の典型であるからわかりやすいが、基的に公的機関には表現の自由はないといえる。なぜなら公的機関とは法によってその存在根拠が示された機関であり、日国憲法や国際条約に反する思想を持つことは許されない。法人には内心の自由もない。思想の自由も内心の自由もないから、それらを担保する表現の自由もない。 もちろん、発注者に表現の自由がないのだから発注者の代理である製作者にもない

    いつから「表現の自由」の問題と思っていた? - tikani_nemuru_M’s blog
    MCBYND
    MCBYND 2021/09/23
    右翼側の人の意見を聞いて左翼側の展示を規制したのってあいちトリエンナーレとかかな。すでにしようとしてて、それに反論してない人が、、、、こういうのはやめておくか。
  • 宇崎ちゃん献血ポスターはなぜ「失敗」なのか(前 - tikani_nemuru_M’s blog

    「宇崎ちゃんは遊びたい」献血ポスターは表現の自由の観点から論じられるべきではない。公共広告として成功なのか失敗なのかの観点で考えられるべきである。そして、この観点からはこのポスターは完全に失敗である。 以下に、なぜこの問題が表現の自由の観点から論じられるべきではないのかを今回、なぜ公共広告として失敗なのかを次回に述べる。 1 ・『宇崎ちゃんは遊びたい!』献血ポスター問題を考える リンク先は丁寧な論考であり、ブクマも多く、おおむね好意的に評価されているようである。僕も全体的な論旨に賛成する。良い論考であるので、紙屋の助けを借りながらすすめよう。 「公の場の表現だからいけない」という意見について。 市民の批判を受けて、大勢の人がよく見るような表現(駅のポスターなど)を撤去することはある。しかし、それはあくまで作家や民間団体の自主的な判断に過ぎない。作家や民間団体は表現の自由を行使して、表現を公

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    MCBYND
    MCBYND 2019/10/22
    献血者が増えれば成功、というのとセクハラではない、という問題とは違うのでは? 今回の件がセクハラかどうかとは別問題。
  • 労働者が与党をあてにできないリアリズム - tikani_nemuru_M’s blog

    前回記事(なぜ労組は政治活動をしなくてはならないのか(追記アリ - tikani_nemuru_M’s blog)の追記のとおり、ブクマコメなどに応答する。なんか長くなりそうなので数回にわけることになる。 「なぜ労組は護憲だの平和だのをやるのか」について前回の説明は確かに少々不親切なものであったのでそのあたりを掘り下げたいのだが、今回はその前提となるところを述べることになる。 1 前回記事への反応でもっとも多かったのは、 id;norinorisan42 基質的な部分はわかってるので「何故優先順位や力をかける熱量が我々の求めるものと違うのか」このあたりで労働者たちの信用を得られていないことが今の労組の問題点じゃないのかな? に代表される「労組に政治活動が必要なのはわかってるんだよ。ただ、リソース配分がおかしいだろ」というものであった。 これは当然の反応だ。僕も前回結論部で書いたとおり

    労働者が与党をあてにできないリアリズム - tikani_nemuru_M’s blog
    MCBYND
    MCBYND 2019/05/13
    コメント欄を見ながら、普通の日本人だな、という感想を得ました
  • なぜ労組は政治活動をしなくてはならないのか(追記アリ - tikani_nemuru_M’s blog

    承前 https://anond.hatelabo.jp/20190504184608 https://anond.hatelabo.jp/20190507164856 「労働者としての権利を主張したいけど平和運動政治運動は別にしたくない」って労働者の立場は? なんで混ぜるの? と増田はおっしゃる。 上記増田だけでなく記事へのブクマも含めて、「労組が政治活動をするのは当然であり、政治活動は労組の分ともいえる」という道理がわからない人が大量発生しているようなので、その理由を述べてみよう。 1 以前にも何度かはてダのブログにも書いたが、僕は地方都市のユニオンにかかわっている。 ユニオンに労働問題を持ち込んでくる人たちは、基的に零細企業や派遣、非正規雇用の労働者が多く、相談内容はパワハラ・セクハラ、不当解雇、有給取得などに関するものが多い。リンクした増田のいっている意味で、組合員の現実的な利

    なぜ労組は政治活動をしなくてはならないのか(追記アリ - tikani_nemuru_M’s blog
    MCBYND
    MCBYND 2019/05/09
    この話を見てて、「労働と政治」を分断しに来たんだな、という印象を覚えた。「芸術と政治」「生活と政治」の分断のあとは労働との分断。その割に「生活と戦争」は近いという謎仕様の国になるな。
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