■血気盛んな38歳の文芸批評家 太っている人を見ると「食べ物を分けてくれるいい人」だとつい勘違いしてしまうのが、人間の遺伝子に組み込まれた先入観なのだと思う。人間が食べ物に不自由しなくなった期間は人類史の中で微々たるもので、現代に至っても多くの人々が空腹に苛まれ、定住する「くに」を求めて彷徨っている。 「日本の文芸は、国にも、人にも、或いは言葉や土地にも先んじてある」(第五章「日本文藝の永遠」)と若き福田和也は、力んだ筆致で記しているが、当時の彼の暴飲暴食ぶりを見れば、彼にとって「文芸」や「国」や「人」よりも「食べ物」が「先んじてある」ことは明らかであろう。『悪女の美食術』や『無礼講 酒気帯び時評55選』(坪内祐三との共著)など、福田は食に関する仕事も多いが、彼は文芸批評家やナショナリストである以前に、経済大国となった「くに」にある食文化を蕩尽する批評家であり、食欲など俗世の情動を原稿料に