「○○庁」は○○○○○○が無かったら存在しない機関じゃない?
「シン・ゴジラ」観に行ったら予告みたでしょ。 ここ最近、映画館に出向いていなかった人たちを「シン・ゴジラ」が掘り起こし「君の名は。」の客につなげた。 「君の名は。」にももちろん自力があってのことだけど、 魅力の一片に触れる機会は「シン・ゴジラ」だった人は多いに違いないと思うわけ。
遅れて鑑賞。若い子も多かったがカップル以外の客も増えていて、結構年齢層も公開初週よりは上がって来たのではないだろうか。以下、長い。 さて、売れている映画には二つの心配が付きまとう。 1 売れてる映画が面白いとは限らない。年間とかではなく今までの興行収入ランキングみたいなものを見たら分かると思う。 何故売れたのか?と疑問に思うものまでさまざまだ。 その点において、君の名は。はよくできた映画だったと思う。 少なくとも「スカスカ」映画ではなかったし「何故売れたのか」という点でも完璧ではないが、ある程度説明つくのではないか。 2 売れてる映画が面白いと思えなかったとき、世間とのギャップに不安になる。ステマだけではなく本当に評判が良い映画が自分に響かないと、ただ普通につまらない映画を見たとき以上にガックリくる。 というわけで心配1、2はクリアした。 さて、増田自身のことを話すと、結構映画が好きだ。
A男「よっ増田、隣の席空いてる?」 増田「空いてるよ」 A男「増田さぁ、『君の名は。』見た?」 増田「見たよ。漫研の奴らと。何?A男も見たの?」 A男「見てきた見てきた」 増田「A男がアニメとか珍しい」 A男「B女が見たいって言うから、一緒に見に行ったの」 増田「お前らさぁ。二人とも彼氏彼女がちゃんといるじゃん。浮気は良くないぞ」 A男「友達同士遊びに行っただけだよ。相変わらず増田は堅いねぇ」 増田「うるさい。俺は過去のトラウマから……」 A男「やめろやめろ。増田のサークラ話は聞き飽きた」 増田「っ……」 A男「ところでさ、ちょっと聞きたいんだけど」 増田「あん?」 A男「『君の名は。』の監督が作った秒速なんちゃらって作品のDVDを持ってたりしない?持ってたら貸して欲しいんだけど」 増田「持ってるよ。何?新海作品に興味でたの?」 A男「そうそう。『君の名は。』が面白かったから、同じ監督の作
新海誠がエロゲのオープニングを作っていた事実を知っている割合がどんどん減っていくことに深い感慨を覚える。 かつては幼女が傘開くシーン見て皆で感動してたんだぜ。
ネタバレを多分に含んでおりますので、ご注意ください。 大ヒットとか言うから「いつもの新海誠じゃないのかな?」と思いきや、割りといつもの新海誠だった。キャラデザがあの花の人だけあって新海作品に特有のキャラに生気がない感じはずいぶんと和らいでいた。だが「瀧くん」に最後まで感情移入できなかったのは、彼の性格がいまいちわからなかった…ということに尽きる。バンソコウをしているなど「ヤンチャ」であることは語られるけど、それを裏付けるエピソードに欠けていた。「他に好きな人がいるでしょ」まで、三葉が好きってことがわからなかった…。絵を描きはじめたときも、「なんでこの子こんなに絵が上手いの?」っていう唐突感。いつもの新海誠にありがちな「本心を押し殺した主人公」だったらちょうどよかったんだけど、なんでヤンチャな設定にしたんだろう…。そして大事なこと忘れすぎだろう!と。観客側と主人公の持ってる情報量に差があると
たのしかった。ネタばれありの感想 [前半] 入れ替わりが始まり、気づき、そして2人とも少しずつ楽しめるようになっていく様子が明るいタッチでテンポよく描かれており、すごく楽しい気分で見た。個人的には三葉ちゃんが単純にとても魅力だったのもある。瀧君も好青年て感じでよい。 [中盤] 会いに行こう、ってところから過去だったと判明するまでの部分。前情報無しで見たので全然こんな展開になるとは思っておらず、凄くワクワクさせられた。ロードムービー的な楽しさもある。 [後半] 再び入れ替わってからクライマックスまで。結局再会することと街を救うことがほぼ無関係になってしまっていたのが残念だった。隕石という圧倒的な危機が迫る中でなぜかわざわざ登山してまで再会する理由は欲しかった!入れ替わりのタイムリミットはカタワレ時だということが予め2人とも知っていて、また瀧君こそが街を救うヒントを知っている、ということだった
君の名は。を「つまらない」じゃなく「なんでウケてるのかわからない」って言ってる奴、自分でぼくちんはバカですって言ってるわけだけど、大丈夫? twitter見てると特に多いのが売れねー漫画家やらラノベ作家やらイラストレータな。自分で自分が売れない理由説明してる自覚もない。一生売れないだろうね。 君の名は。がヒットしてるのは、普段アニメを見ない、つまりオタク層以外を取り込めたからっていうのを前提として。 なんでパンピー(特に中高生)にもオタクにもウケてるのか?は、一言で言える。 「ベタな恋愛物」だったから新海誠を知らないパンピーにウケたし、「ベタな恋愛物」だったから新海誠を知っているオタクにもウケた。それだけ。 おそらく少し前に「ずっと前から好きでした。」がヒットしたのが相当でかい。一般人への「アニメを見る」ことのハードルを下げたという意味で。 ずっと前から〜は広報というか宣伝担当ががめちゃく
すげー面白かった映画だけど、それはそれで当たり前だろ 入れ替わりはもう大林宣彦から続く古典だし ちょっと震災取り入れたからってそれはハリウッドの災害パニック映画と変わらないし どううまく構成するか、みたいな問題を言うと脚本は穴だらけだし 音楽と合わせて映画を構成していくのは、洋画でも邦画でも何十年も前からある 大体そういうのは「面白くても賞で評価はされない」 たとえばそう、「エンド・オブ・ホワイトハウス」って映画はスゲー面白いけど絶対賞はとらないのが分かる。 「インド・オブ・ザ・デッド」って映画も凄い人気なんだけど絶対賞はとらないのが分かる。 「ゾンビーバー」とか…まぁだから色々賞はもらえないけど面白い映画ってたくさんあるんだ。 なんで「マッドマックス」が評価もきっちりされたかというと、いやちょっとわかんないけどアメリカ人じゃないし。 そこまで振り切っては無いけど、君の名は。もいわばそれ。
三葉のおばあちゃんが語ってたみたいに忘れるのが普通。 亡くなったみつははもちろん、ある日突然入れ替わりが途切れたたきだってそう。 奥寺さんじゃなくても、そのまま大学生活をエンジョイしてそのうち他の女の子と付き合うことになって、だんだん埋もれていくものなのに。 それはまあいいとして。 周りの人たちはみんな感動したって泣いていた。 でもその人達のほとんどは、実際にたきの立場になったら簡単に忘れるんでしょって思った。 なのにどうして泣くんだろうって思ってしまって、そんな自分の黒さに少し自己嫌悪した。 友達にそう思ったことを話してみたら「みんなそういう恋愛したことないからじゃない?」って言われた。 ちょっと納得した。 そして私は自分が恵まれた恋愛をしているんだなってことを久しぶりに思い出した。 以前付き合っていて、今は別の人と付き合っている私の好きな人は、この映画を見て泣くんだろうなーって考えてた
タキとミツハの時間が3年しか違わないから曜日のずれとかが出てくるわけで、 仮に、6年違えば、曜日のずれが解消される上に、 ミツハが高校2年生だったら、タキは小学5年生ですよ。 姉ショタですよ。 中身タキのミツハが小学5年生の自分とエロいことをする薄い本とかが出てきたわけですよ!
・すれ違う男女を描いた同タイトルの旧作に対するクレジットがない 昔の作品だったら似た内容の昔のヒット作品に。付けただけで そのまま自分の作品にしていいものなの? 「我輩は猫である。」とか ・山を舐めすぎ 人ひとり担いで登山ってありえない体力 山奥に登山装備もなく置き去りにする 富士山に普段着で行っちゃうタイプなのかな。 ・時間がわからない 新海作品にこういうのは野暮なんだけど、光の演出で 謎の光が多すぎて夕方にしか見えないシーンが多すぎ。 どれだけ夕方のマジックアワーで起こってる出来事なの。 ・パース狂いすぎ キービジュアルの階段、これどれだけ急坂なの。階段が途中で切れてて 断崖絶壁になってるのかよ。耳をすませばの聖蹟桜ヶ丘のほうがもっと うまくやってたよ。東京は平野だからこんな地形ないよ。 ・ファンタジーならファンタジーでやれ マルチパースとか、エヴェレット解釈とかノイズでしかない。 ふ
これ何で十代女子に受けるかっていうと、運命の出会い・純愛・悲恋、まあそういうのは大前提としても、女の子(特に地方住み)においてもかなり都合の良い夢だからって点もあるんだろうなあと。 何かっていうと、ずばり三葉のいう「来世は東京のイケメン男子にしてくださーい」、まさにこれ。女子の夢。 なんで「美少女」じゃないかっていうと、ぶっちゃけ十代女子って行動がかなり規制されまくられるからね。(そんでもって三葉みたく「女の役割」にうんざりしてたり、いまいち女性性を受け入れられていないケースも多かったり)自由に動き回れるのはやっぱり男子。 とはいえ、もちろん女子的な楽しみは堪能したいだろうけど、高校生なんてばんばん服とかアクセとか買えるもんじゃなし、ウィンドウショッピングでも結構十分だったりする。 そういう意味で、三葉が東京で親密になるのが奥寺先輩っていうのが無茶苦茶合理的な配役だなーと思って見てた。理想
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