森見登美彦氏はつねにもごもごと陰気で人間嫌いであるが、その実、腹の中は意外に天真爛漫で明朗愉快のトキメキ聖人君子であって、仏頂面のままおおむね機嫌良く暮らしているのだ。しかし昨日頃より、氏はじわじわと不機嫌の泥沼へ沈みだし、沼から頭だけ出しているカエルのようになり、その陰気ぶりは悽愴の度合いを増した。世の中のいっさいがっさいが気に食わず、そう思っている自分も気に食わず、書きかけの原稿も、読みかけの本も、何から何まで気に食わない。そうなると自室に居場所がなくなった。 「これではいかん。諸君!なんとかせねば!」 登美彦氏は叫んだ。 「魂にもっと潤いを!」 かといって外へ出るのは氏にとって一番難儀なことだ。 見所満載という意味では日本国屈指と言われる「京都」に住みながら、登美彦氏は観光地にまるで興味がない。まるまる八年住んでいるというのに「金閣寺」に行ったことがないのである。作品の舞台として活用