279 三島由紀夫と教養小説 ――『鏡子の家』vs『魔の山』―― 髙 山 秀 三 要 旨 三島由紀夫はゲーテやトーマス・マンに傾倒していたが,このことは必然的に彼らがその代 表者だったドイツ教養小説の伝統に三島が何らかのかたちで影響を受けていたことを意味す る。教養小説(Bildungsroman)はゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』やマン の『魔の山』のように,素朴な青年を主人公として,その内面的成長を描く文学ジャンルであ る。教養小説の主人公は人生の意味を探究し,教養 Bildung を身につけようという人文主義的 な理想を抱いている。教養小説は,市民階級興隆期の産物であって,その人生肯定的性格も当 時の市民層のもつ楽観性から生じている。 三島文学にシニシズムや虚無感や破壊衝動が濃厚であることを考えれば,三島由紀夫と,根 本的に理想主義と人生肯定を特質とする教養小説は