新宿の雑居ビルの地下に 足踏みペダル式のアルコール噴霧器が ひとりきりで佇んでいる。 地下の階段はひんやりと空気が冷たい。 こんな人気のない場所にも置かれているのか。 傷んだブーツのつま先でペダルを踏めば、 プシュウ……と勢いよく消毒液が噴射され、 長い余韻と共に、飛沫が床一面をしっとりと濡らした。 差しだしたはずの手が、足が、身体ごと消えていた。 心音もない奇妙な静寂に、私はただ濡れている床を見下ろした。 「消毒液」とは書いてあったが、 「私」が消えるとは、聞いてない。 いや、本当にそうだろうか。 人間を「毒」ではないと裏付けるものは? 私はとうに、やさしい毒だったのだ。 限りなく安堵して、その夜は久々によく眠れた。 東京のマンションのドアを開けると、 一年前の「私」がいた。 タワー状に積み重なった本の陰から 「誰……?」と青白い顔を出す。 しばし見つめ合ったのち、一年前の「私」が切り出