2009年3月26日のブックマーク (3件)

  • 楽しい共学時代 - ohnosakiko’s blog

    中学の屈辱 私の中学時代はジェンダーという言葉もまだない、70年代前半の昔である。テレビでは、スポ根ドラマや学園ドラマが人気だった時期。 学園ものでは、喧嘩が強いガサツな男子、秀才くん、か弱い美少女といった布陣に、可愛くて気の強い女子というものが登場し、「○○くん!謝んなさいよ!」とか「女だからってバカにしないで!」みたいな啖呵を切り、「やれやれ、女子にはかなわねえな」みたいな‥‥まあ何かそういうノリだった。別学の人は「楽しそうだなあ」、共学の人は「ないよこんなの」と思っていたのではないか。 中学の三年間を振り返ると、異性との思い出はほとんどない。特に仲のいい男子もいなかったし、気になってしょうがない男子もいなかったし、モテもしなかった。 私の心のアイドルは、教科書に写真が載っていた中原中也と、『ベルサイユのばら』のアンドレと、画家のモジリアニ(男前)。 「セカチュー」みたいな微笑ましいカ

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  • 続・共学別学論争 - ohnosakiko’s blog

    男女平等という困難 女子校や女子大が「自由な世界」であった(こちらの記事参照)ということは、その分、社会がジェンダーバイアスに覆われているということである。 たとえば共学(社会に近い状態)では、男子がリーダー役になりやすい。共学の中学、高校の生徒会長の八割は男子だそうだ。それに近い現象がいたるところで起こる原因は、男社会の成り立ちに求められるが、ではそういう社会になった原因は? 性差別の起源を決定することは難しい。 しかし少なくとも、セックスの様態にはそれが如実に現れていると私は思う。 つまり、セックス(性器の違い、性交、妊娠、出産という現象)がある限り、放っておけば男性優位になるということ。 たとえば性器の違いがあるので、性交は基的に男の"能動性"に依っている。男はペニスの挿入だけで快感を得られることが多いが女はそうではない。女が妊娠、出産、育児を引き受けている間に男はさまざまな活動が

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  • 共学別学論争 - ohnosakiko’s blog

    女子校のここがいい この間、男女共学・別学の議論をして目からウロコの体験をした。その時のやりとりを思い出して書いてみたいと思う。 相手のYさんは名古屋芸大のピアノ科出身で、ピアノの先生をしている二十代半ばの女性。中学、高校と女子校だったそうだ。私は女子校経験がない。 以下は●がYさん、○が私の発言(掲載については、Yさんの承諾済み)。 ●「男女共学より、別学がいいと思うんですよね。小学校は共学でもいいけど、中、高、大は男女別学にした方がいいと思います」 ○「そう? それだと、異性とのコミュニケーションとか助け合いとか学べないんじゃないの?」 ●「逆に、常に異性がいると変に意識して遠慮したりってことが多いと思います。私は女子校だったんですけど、男子がいなかったお陰でとてものびのび過ごせました。男子がいたら話題にしにくいようなことを、いつでも真剣に話し合えたし。HRでも恥ずかしがらずに発言でき

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