ブックマーク / d.hatena.ne.jp/aureliano (4)

  • ネットを捨て、街へ出て分かったこと - ハックルベリーに会いに行く

    ぼくは、作家としてデビューする前にまずネットの世界で有名になった。まだが出る前のこと、たまたま株式会社はてなとは比べものにならないくらい大きくて有名な、某ネット企業の社員の方々と事をする機会があったのだけれど、そこで先方にいたく感激されたことがあった。「あの有名なハックルさんに会えるなんて光栄です」と。それで、「ぼくのことなんて知ってるんですか?」と聞くと、「ネットの会社に勤めてて知らない人はいないんじゃないですかね」と返されて、そういうものかと思った。ところで、当たり前の話だけれど、だからといってぼくが一般的にも有名人だったというわけでは全然ない。ぼくのブログを読んだことのある人は、リアルでは滅多に会う機会がなかった。100人会って1人いればいい方だった。みんな、ぼくのブログを読んだことはもちろんハックルという名前すら聞いたことがなかった。ネット以外のIT企業に勤めている人すらほとん

  • 音楽業界はなぜ縮小したか? - ハックルベリーに会いに行く

    音楽業界はなぜ縮小したか? を文系的に考察する。 「生活必需品としての価値の下落」音楽業界が産業として最も大きくなったのは(最も売上が高かったのは)1990年代半ばから後半にかけてとのことで、その当時ぼくは20代の若者だった。その頃のぼくの気分というものを振り返ると、CDを買って聞いていないと、ちょっと人間関係的にヤバいなぁみたいな雰囲気があった。というのも、一つには「つき合いのカラオケ」というのがあった。ぼくは特段カラオケが好きというわけではなかったが、仕事のつき合いでも、あるいはプライベートの合コンなどでも、カラオケに行く機会はよくあった。だから、そこで歌うための歌を仕込んでおく必要があった。そしてそれは、できれば流行りの歌が良かった。最新ヒットチャートを賑わしている歌を歌えば、周囲の評価が高かったからだ。だから、カラオケで歌うためのヒット曲のCDをよく買った。その頃に買ったのは、猿岩

  • 2年間で講演を200回以上やったことによって見えてきた現代に欠如するもの - ハックルベリーに会いに行く

    『もしドラ』を出してから、ぼくは数えると200回近くの講演を行った。去年(2011年)はおおよそ3日に1回講演をしていた計算になり、それまでは一度もしたことがなかったので、これはぼくの生活を激変させるような大きなチャレンジだった。ぼくは講演をすることがそもそもの仕事ではないから、「講演をしない」という選択肢もあった(つまり講演をしなくても生活することはできた)。それでも(生活を激変させてまで)講演にトライしたのは、「そこに何かがある」という予感があったからだ。「そこに何かがある」という予感は、ぼくがロールモデルとしている『ハックルベリー・フィンの冒険』を書いたマーク・トゥエインが好んで講演会を行った、というエピソードを知っていたからだ。マーク・トゥエインがなぜ講演を好んで行ったのかは知らなかったが、しかし好んで行ったのは知っていた。だから、「そこに何かあるのではないか」と思ったのだ。文学史

  • これからはローカルで勝てる人材こそ求められる - ハックルベリーに会いに行く

    エンジン01で茂木健一郎さんとお話しした時も出た話題なのだけれど、グローバルで勝てる人材というのはどう考えても「いま」のトレンド」なわけであって、いまトレンドだということは、次の世代においてはもはや時代遅れということであり、これから社会人になるという人が目指すには不適切だ思う。これからの時代に必要な人材とは、変化の激しい世の中に柔軟に対応していける人だと思うから、こういう(グーグルで最も出世した日人が吠えた!国籍、人種は無関係。真に戦えるグローバル人材の必要条件はこれだ!  | 知の大国アメリカ?ランド研究所から? | 現代ビジネス [講談社])記事を読んで闇雲に「グロバール企業人」を標榜するようでは、むしろ一等最初に淘汰されてしまうのではないかと考える。 だから、これからの時代に求められる人材は、「これからの時代を読める人物」ということになるのだけれど、それで言うと、まず「ローカルな関

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