ブックマーク / number.bunshun.jp (16)

  • 国際大会で日本の野球が不評って?勝つための戦術と“マナー”の問題。(氏原英明)

    その反応からは、日高野連にとっても寝耳に水の話ではないことが読み取れた。 「8回の盗塁、あったねぇ」 大量得点差における試合の進め方について、筆者が聞いた時だ。 実は国際大会において、日本代表の戦い方はあまり好意的に捉えられていない。その問題について尋ねたところ、冒頭のような返答をもらったのだ。 このほど閉幕した第90回選抜高校野球大会は、大阪桐蔭が連覇を果たした。 今大会は点の取りあいになった試合が多く、年明けからの仕上がりに差が出るセンバツらしく、大差がつく試合もいくつかあった。大阪桐蔭は花巻東に19-0で勝利している。昨年の大会でも、報徳学園が21得点を挙げた試合があった。 そんな大差の時に問題になるのが、試合の進め方だ。 甲子園ではどれだけ点差があっても手を抜かないことが相手への礼儀だとされるが、そこまで相手を痛めつける必要があるのか、という視点もありうるものだ。 こんなことをテ

    国際大会で日本の野球が不評って?勝つための戦術と“マナー”の問題。(氏原英明)
  • 日本ハムの新スタジアム構想が凄い!「入場料無し」「弁当無し」の衝撃。(鈴木忠平)

    「彼らに聞いたら『だって甲子園に行くつもりで高校に入ったから』と……。僕とはそこが決定的に違いました。つまり自分が想像できないことは達成されない。そういうことです」 北海道旅行の目標になる、壮大なスタジアム構想を! その青年は今、北海道ハムファイターズ事業統轄部長として、新球場構想のプロジェクトを担っている。今年6月29日、新スタジアムのイメージ図を発表した席で「オンリー・ワンか、ナンバー・ワンか。北海道の皆様の誇りになるような球場にしたい」と語ったのが前沢だった。 「北海道を象徴するような文化であり、街づくりの中心となるようなものができれば、自然とオンリー・ワンになるし、世界ナンバー・ワンになると思っています」 例えば、北海道旅行に行く人に「何のために?」と尋ねると、こう答える。 「そりゃあ、美味しい海産物と◯◯スタジアムだよ」 これが前沢の言う文化としての球場であり、街づくりの

    日本ハムの新スタジアム構想が凄い!「入場料無し」「弁当無し」の衝撃。(鈴木忠平)
  • 女子選手が必ず直面する思春期問題。伊藤華英が語る生理と競技の関係。(伊藤華英)

    近年女性アスリートの活躍が目立つ。 思い出してみるだけで、沢山のアスリートの名前や顔が浮かぶだろう。 スポーツの起源を辿ると、女人禁制だった古代オリンピックに対し、近代オリンピックでは第2回大会から女性の参加が認められ、近年の参加者は男女半々になっている。 さらに最近は、女性アスリートは新たな地位も確立してきている。「美人アスリート」としてスポーツのアイコンになったり、バラエティ番組で存在感を発揮するなど、親しみやすく、爽やかな印象と華やかな功績でスポーツ界を盛り上げる、まさに強さと美しさを兼ね備えた存在だ。 このように活躍する選手たちの多くは、10代の頃から芽が出て20代後半から30代で引退する瞬間まで、トップを走り続ける。開幕した世界水泳でも世界中から若い才能が集まっているが、特に水泳でオリンピックを目指すような選手は、幼少期から競技を始め、10代の頃から世界のトップで戦う選手がほとん

    女子選手が必ず直面する思春期問題。伊藤華英が語る生理と競技の関係。(伊藤華英)
  • ドルトムントCEOが語った経営と愛。「日本人はそう思わないんですか?」(山口裕平)

    クラブのポロシャツで登場したヴァツケCEO。経営者というよりも、サッカーとドルトムントを愛する人という印象が強烈だった。 浦和レッズのホーム、埼玉スタジアム2002があれほど赤以外の色で染まるのは、代表戦を除けばあまり見られない光景だった。 香川真司が所属することで知られるドルトムントは、世界で最も観客数が多いサッカークラブであり、そして実は2000年代半ばには破綻の危機に瀕していたクラブでもある。 そのドルトムントを率いるハンス・ヨアヒム・ヴァツケCEOは、経済的V字回復を果たした敏腕経営者である。しかし同時に、それ以上にサッカーを愛するごく普通のいちサッカー好きの側面も持ち合わせていることが、話を聞くうちにわかってきた。 ヴァツケCEOサッカーのどこに惚れこみ、そしてどのようにドルトムントを現在の地位まで導いたのか。 ――ドルトムントのファンは今や世界中にいます。先日も年間チケット保

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  • 呂比須新監督の“フライパン革命”。新潟を4日間で変えた異例の手法。 - Jリーグ - Number Web - ナンバー

    5月20日、デンカビッグスワンスタジアムのピッチでは、アルビレックス新潟・呂比須ワグナー新監督の初戦、北海道コンサドーレ札幌戦のキックオフの瞬間が刻々と近づいていた。 この日、スタメンから外れたチーム最年長で副キャプテンの間勲は、ロッカールームから歩いてベンチへ向かっていた。すると、ベンチのほうからスタッフに呼ばれた。 「早く来い! 肩を組むぞ!」 慌てて駆け寄りながら、自分の後ろからベンチへと向かっている他のメンバーを大きな声で呼ぶ。 「早く、みんなで肩を組むぞ!」 間が肩を組んだ右隣はメディカルの山和恒トレーナー、左は控えGK守田達弥だった。目の前のピッチでは、仲間たちが自分のポジションへと散らばっていく。そして山雄大レフェリーが試合開始を告げるホイッスルを吹いた瞬間、呂比須監督の咆哮を皮切りに、肩を組む全員が雄叫びを挙げた。 自分も周りも、何を叫んでいるのか分からない。けれど

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  • 手負いの稀勢の里と戦った2人の関取。鶴竜と照ノ富士は何を感じていたか。(佐藤祥子)

    「ケガしないことが一番だと思いますし、あそこでケガをしてしまって、ああいう相撲しか取れなかったというのもありますし、今は反省ですね」 優勝一夜明け会見での稀勢の里の言葉だ。 「苦難を乗り越えて優勝し、手応えをつかんだ場所だったのでは?」との質問に答えた稀勢の里は、あれほどの大一番――いや、大二番――を制してミラクルな逆転優勝を果たしてもなお、己を戒めていた。 質問を投げ掛けた手練のNHKアナウンサーでさえ、目を見開き「!! そうですか……」と、新横綱の想定外の言葉に感嘆したほどだった。 鶴竜「こんなにやりにくいことはなかった」 大相撲春場所13日目、対日馬富士戦で左肩付近を痛めた稀勢の里は、土俵下で苦痛に顔をゆがめ、なかなか立ち上がれない。腕を吊って救急車に乗り込む姿に、誰もが「休場やむなし」と見た。 だが新横綱は患部をテーピングで固め、強行出場する。 14日目の鶴竜戦では、得意の左がまっ

    手負いの稀勢の里と戦った2人の関取。鶴竜と照ノ富士は何を感じていたか。(佐藤祥子)
  • 最年少15歳で阪神に指名と、その後。辻本賢人、再挑戦の日々に悔いなし。(酒井俊作(日刊スポーツ))

    久しぶりに彼と会ったのは夏の盛りだった。兵庫・芦屋の焼き鳥屋で知人と飲んでいると、不意に姿を見せた。あどけない表情は消え、あごひげを蓄え、ハンチング帽がすごく似合う。貫禄すら漂い、すっかり大人の男に変わっていた。 「あの後、どうしていたんだ? 」 柔らかい関西弁は相変わらずだった。懐かしさもあって、つい聞き込んでしまう。無理はない。彼と長々と話したのは、もう7年前なのだ。日付も克明に覚えている。'09年10月1日。広島カープを取材していた昼すぎ、携帯電話が鳴った。 「お世話になりました。俺、トライアウトを受けます。まだまだ頑張ります」 そうか、ダメだったのか……。辻賢人が阪神にドラフト8巡目で指名されたのは'04年秋だった。無名どころか、中学3年の学年にあたり、ドラフト史上最年少の15歳で指名されると世間は驚き、一躍、脚光を浴びた。在籍5年間の奮闘実らず、タイガースを戦力外になった。前向

    最年少15歳で阪神に指名と、その後。辻本賢人、再挑戦の日々に悔いなし。(酒井俊作(日刊スポーツ))
  • 最近の白鵬の相撲を丁寧に批判する。能町みね子が「最強」に望むこと。(能町みね子)

    横綱・白鵬の相撲に対し、批判の声が増しています。私自身にもその思いは強くなっています。 今年の春場所千秋楽。優勝のかかった結びの一番で、日馬富士を相手に立ち合いで左に大きく身体を躱し、「変化」で勝ったのは記憶に新しい。館内には前代未聞の大ブーイングが起こり、それに気圧されるように白鵬は土俵下でのインタビューの最中に相撲内容について謝罪し、ついには泣いてしまうという異常事態が起こりました。 白鵬の相撲内容が批判されること自体は、以前から珍しくない。しかし、問題の春場所を終え、夏場所になって批判はさらに大きくなったように感じます。 まず一点は「カチ上げ」。カチ上げは来肩から腕全体で相手の身体にぶち当たって身体を起こす技です。しかし白鵬は肘の鋭角の部分で殴りつけるようにすることが多く、ほぼ肘打ちです。 原稿執筆時点(夏場所10日目)で、立ち合いで顔を目がけた「カチ上げ」を試みた取組が3番(宝富

    最近の白鵬の相撲を丁寧に批判する。能町みね子が「最強」に望むこと。(能町みね子)
  • カメラマンが呟いた「うん、完璧」。藤田菜七子騎手の緊張撮影秘話。(Number編集部)

    12年ぶりに日ダービーを特集するNumber902号では、「日ダービーで勝つことが夢」と語る藤田菜七子騎手と、'87年にメリーナイスで優勝した師匠の根康広調教師の対談を掲載している。今回は、対談取材の際に行なわれた菜七子騎手の撮影風景を紹介しよう。動画も特別に公開! 撮影はGW真っ只中の5月3日、美浦トレーニング・センター内の根厩舎で行なわれた。 「お待たせして、申し訳ありません」 先の土日に騎乗した馬を預かる厩舎に挨拶まわりを終え、菜七子騎手は自転車に乗って厩舎に戻ってきた。対談の司会進行役を務める競馬ジャーナリストの片山良三氏は、「最近はきちんと厩舎に挨拶まわりをする騎手も少なくなってきたけど、やっぱり根先生のところは指導が行き届いているね」という。 「撮影とか、まだ全然慣れないです」 春のやわらかな光の中、撮影が始まったのだが、菜七子騎手の表情は若干の硬さを残したまま。騎手

    カメラマンが呟いた「うん、完璧」。藤田菜七子騎手の緊張撮影秘話。(Number編集部)
  • 筋肉の性質で見る競技別ピーク年齢。体操、フィギュア、マラソン……。(増田晶文)

    うかうかしていたら、とうとう56歳になってしもうた。筋トレ歴31年目、「若いモンに負けん!」と吼えてはいるものの、筋肉のハリが衰えてきたし、あちこちの関節だって泣き言を漏らす。ゆるゆるとポンコツ化が進行しているのを痛感し、オッサンならではの哀切を味わっておる次第であります。 筋力の衰え――これはアスリートにとって死活問題。ジムの片隅でタメ息をつくならともかく、勝負に翳がさすようになれば「引退」の2文字が現実味を増すというもの。 ありていにいって、トップアスリートには若々しいイメージがへばりついている。 そも、運動能力は筋力のみならず、運動神経や反射神経、視覚に聴覚などの感覚器官、さらには平衡性、柔軟性、敏捷性、代謝、ホルモン活動……などなどで構成されている。しかもこれらの多くは、10代半ばから急激に上昇し、20代前半にピークを迎えるという。さすれば、オリンピックが「若者の祭典」なんていわれ

    筋肉の性質で見る競技別ピーク年齢。体操、フィギュア、マラソン……。(増田晶文)
  • 「全てが日本仕様」の満点スタート。中邑真輔のWWEデビューは前代未聞。(堀江ガンツ)

    WWEのリングでも、中邑真輔は観ている側が驚くほどに「シンスケ・ナカムラ」だった。その魅力がアメリカを席巻する日は近い。 元・新日プロレスのスターレスラー中邑真輔が、4月1日にアメリカ・テキサス州ダラスで開催されたWWE・NXT『テイクオーバー:ダラス』で、ついに世界最大のプロレス団体WWEデビューをはたした。 サミ・ゼインを20分8秒、キンシャサ(ボマイェから改称)からの片エビ固めで破ったこの一戦は、中邑の入場時から大歓声が起こり、おなじみのエビ反りポーズを始め、中邑のムーブひとつひとつに大きなリアクションが起こった。 試合内容も、ハードヒットで死力を尽くして闘う日スタイルの激闘。それに対してファンは、「Holy Shit!!」「This is awesome!!」と最大限の賛辞を送り、最後はスタンディングオベーションに包まれた。まさに満点デビューだ。 我らが中邑真輔が、そして我々が

    「全てが日本仕様」の満点スタート。中邑真輔のWWEデビューは前代未聞。(堀江ガンツ)
  • 北島康介の落選と、千葉すずの遺産。基準を明快に運用した水連に拍手を。(生島淳)

    北島康介が日選手権の100m平泳ぎで2位に入ったものの、オリンピックには派遣されないことが分かると、日水泳連盟に抗議の電話が入ったという。 「どうして、北島を行かせないんだ」 と。 メディアの中にも、こうした意見を持つ人がいて、ちょっとだけ驚いた。 競泳の場合、日選手権(オリンピックの派遣選考会も兼ねる)で2位に入り、なおかつ日水泳連盟が定める派遣標準記録を突破しなければならない。 北島はこの記録を突破できなかったわけで、これには一切の例外は認められない。北島が清々しい引退会見を開いたのも、基準が明快だったからではないか。 そしてそもそも、この派遣標準記録が設定されたのは、2000年のシドニー・オリンピックの時に、千葉すずが日選手権で優勝しながら、オリンピック代表に選ばれなかったことが要因となっているのを記憶している人がどれだけいるだろうか。 スポーツ仲裁裁判所の判断は、痛みわけ

    北島康介の落選と、千葉すずの遺産。基準を明快に運用した水連に拍手を。(生島淳)
  • “耐死仕様”の破天荒なプロレス!帰ってきた飯伏幸太の物語は続く。(井上崇宏)

    飯伏復帰戦のDDT両国大会。「東西正面向正面全面使用エニウェアフォール・ウェポントレジャーハント3WAYタッグマッチ」という特殊な試合形式だった。 昔、映画監督のクエンティン・タランティーノが車を買い替えようとしたとき、「安全重視でボルボにしようと思ってる」と友人の俳優に相談をしたそうだ。 するとその友人は、「どんな車でも好きなのを買ってスタントマンに預ければいい。そうすれば車を“デス・プルーフ”(耐死仕様)に改造してくれるから」と答えたらしい。 ゴールデンスター・飯伏幸太はプロレスデビューする前、アルバイト先で「OPG(俺たちプロレス軍団)」という社会人プロレスの集団と出会った。 プロレスファンの大人たちによって組織されたOPGは、メンバーでお金を持ち寄って自前のリングを作り、なんと道場まで持っていた。気で“プロレスごっこ”を追求する者たちだった。 人見知りの激しい飯伏も、そんなOPG

    “耐死仕様”の破天荒なプロレス!帰ってきた飯伏幸太の物語は続く。(井上崇宏)
  • 14歳の本田真凜が世界Jr初優勝。浅田真央が語っていた重要な言葉。(田村明子)

    SPを暫定2位で終え、FSでは映画「ビートルジュース」の曲に合わせで演じきり、優勝。村上佳菜子以来6年ぶりの快挙となった。 3月19日、ハンガリーのデブレツェンで開催されていた世界ジュニア選手権で、14歳の田真凜が初挑戦で優勝。SP、フリー、総合スコアと全て自己ベストスコアを更新して、日女子としては史上7人目の世界ジュニアチャンピオンになった。 全日選手権銀メダリスト、15歳の樋口新葉はSP5位からフリーで挽回して総合3位に入賞。昨年度に続いて2度目の銅メダルを手にした。やはり初挑戦だった14歳の白岩優奈も総合4位と、日チームは大健闘した。 このところ世界ジュニア選手権の女子シングルは、ロシアに押されていた。2010年に村上佳菜子が優勝した後、5年連続でロシアの選手がタイトルを手にしてきたのだ。特に2013年、2014年はロシアが表彰台を独占。このままでは女子シングルの将来はロシア

    14歳の本田真凜が世界Jr初優勝。浅田真央が語っていた重要な言葉。(田村明子)
  • プロレス話が嫌いなプロレスラーの話。長州力は、いつか“消える”──。(井上崇宏)

    尾山台のファミレス。その日、長州力は姿を現わしたときからすでに不機嫌だった。 「今日は何をやるんだ? こんなのさ、何度も何度もしつこく言うけど、俺のことなんて昔の記事を拾って勝手に書いてくれりゃいいんだから。なんでわざわざこうして話をしに出てこなきゃいけないのか……。もう、パパパッとやってくれよ」 この日はプロレスの話題について触れる予定だった。そもそも、それが長州の機嫌が悪かった理由だ。 長州はプロレスについて語ることを誰よりも嫌う。おまえら、やったこともないくせにプロレスの何がわかる? 長年、そのスタンスで生きてきた。プロレスマスコミという人種を毛嫌いしている。 「べつに殊更に嫌いじゃないけど……もう、プロレスの話とかしたくねえんだ。まあ嫌いというよりはイヤってことですよ」 けっして嫌いではない、ただ、イヤなのだそうだ。そうして、この日もプロレスについての質問はNGとなった。長州のマネ

    プロレス話が嫌いなプロレスラーの話。長州力は、いつか“消える”──。(井上崇宏)
  • ニッポンの自転車通勤に新提案!「自転車ツーキニスト号」が遂に完成。(疋田智)

    これが夢の通勤スペシャル号だ! ちなみに一緒に写っているのは、この自転車よりももうちょっと前に作った子供です! お父さんの自転車を細かくチェック中なのです ロードレースではなく、かといって、ママチャリユースでもなく、「自転車通勤」に最適な自転車とはどのような自転車だろうか。 と、まあ、これは自転車ツーキニスト歴14年の私ヒキタにとって、長年の課題であり、夢ですらあった。 通勤先は大抵の場合、市街地であろうから、シティユースの自転車である。一日の移動距離は10kmから40kmというところだろうか。「究極の! 最高スピード」を求めるわけじゃないけれど、速いにこしたことはない。乗っていて楽ちんなことも重要だ……。 と、じつは21世紀に入った頃から各社各人のご協力を戴きつつ「通勤スペシャル号」、私なりに色々と試行錯誤を重ねてきてはいたのだ。 ところが、今回そこに新たに考えなくてはならないファクター

    ニッポンの自転車通勤に新提案!「自転車ツーキニスト号」が遂に完成。(疋田智)
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