椿屋 @ITsubakiya 「アニメ業界はもってあと数年」と庵野監督が発言したことにMBSが更に斬り込んだ解説をしてた。 MBSが業界の闇をぶっちゃけたのは何だか… ちなみに庵野監督や宮崎監督クラスはまだこの上。 →→続くよ。 pic.twitter.com/l9ngN9HlDP
自閉症スペクトラムの息子は受動型と呼ばれるタイプです。 大人しく指示通りに動くので迷惑をかけたり人の手を煩わせるようなことはほぼありません。 しかし指示が具体的でないと理解しにくい、困ったことがあっても人に助けを求めることが難しい、緘黙傾向があるなど集団生活の中では本人が困っていることが多々あります。 そして不安な気持ちがとても強くひとりで不安をどんどん膨らませてしまう子です。 息子は情緒の支援学級に通っています。 理解ある素晴らしい先生方に恵まれ今のところは楽しく学校へ通っています。 一月ほど前、息子が「先生に借りた赤鉛筆を返し忘れた。どうしよう・・」と言ってきました。 「正直に返すの忘れていました、ごめんなさい、って言えば大丈夫だよ。明日返そうね。」と言っておきました。 ところが、昨日になって「赤鉛筆先生に返してないままなの・・」と泣き出したのです。 話を聞くと借りたえんぴつを返す時は
フィールドの生物学シリーズ『クマムシ研究日誌』が製本されて送られてきました。四苦八苦しながら書いたものがこうして本というフォーマットとなって届くと、やはり嬉しいものですね。 本書が書店に並ぶのは早くて今週末、遅くても来週の頭になる見込みです。ちょっと小さい書店だと置かれないかもしれません。近くに大型書店がない場合は、アマゾンなどでお求めすれば確実でしょう。アマゾンからの注文はこちらからどうぞ。 このフィールドの生物学シリーズは表紙のデザインがすべて同じだったのですが、今回の『クマムシ研究日誌』では特別に少しデザインが変わっています。微妙な違いなので、同シリーズの他の書籍と見比べてみてください。 【関連記事】 クマムシ本『クマムシ研究日誌』を出版します。
弱者男性話を、font-daさんがまとめているけれど http://d.hatena.ne.jp/font-da/20150526/1432612495 「弱者男性」の不満は「自分がケアを分担できないこと」ではなく、「ケア役割」の女性が自分に配分されないことのように見える。それも、上で想定されているような生活上のケアだけではなく、金銭的な援助も含む。それも無賃で親密性の中で与えられたいというのだ。 この「女性」、「ケア役割」を無賃でこなしながら「金」も持って来てくれる女性って、まさしく「『古き良き時代』の『嫁』だよなあ」と思った。 「弱者男性」の中には、実際にそういう「嫁」が多数存在した時代を知っていて、そういう要求をしているのも居そう。 実際に母親や周囲の年配の女性がそういう女性である、と言う環境で育った人も居るだろうと思う。 彼ら(だけじゃないけど、ネットの「若者」は)は大抵老人も嫌い
平凡な大学生が、名前を書くと死人を生き返らせる「ライフノート」を拾うというドラマ。織田信長や宮本武蔵が現代に蘇って世の中たいへんなことに。コメディになってしまいそうだ。
数年前から「弱者男性」という言葉がインターネット上で流通するようになっている。定義は明確ではないが、マイノリティ属性(「障害者」「セクシュアルマイノリティ」「生活困窮者」「民族的少数者」など)を持たないが、不安や困難を抱える男性のことだろう。問題は、「弱者男性」は「フェミニズム」批判のために出てきた概念だということだ。 最近話題になったのは以下の記事だ。 「決して救われない社会的弱者「キモくて金のないおっさん」について語る」 http://togetter.com/li/824984 「弱者男性とフェミニズム」 http://shibacow.hatenablog.com/entry/2015/05/24/202444 男性側からの「弱者男性」への反論と、それに対する再反論が以下である。 「いい加減“弱者男性”をフェミニズム批判の道具にするのをやめろよ。 http://anond.hate
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