食の安全に関するリスクコミュニケーションの重要性を社会に発信している日本学術会議副会長、唐木英明さん(69)。その父、秀夫さんは開業医だった。6人兄弟の長男だった英明さんに、子供のときから「東大を出て医者になれ」と言い続けた。親戚にも医師が多く、英明さんも子供の頃は自分が医師になるのは当たり前だと思っていた。しかし、成長するにつれて、医師以外の道に進みたいと考えるようになる。 「明治生まれの父は家族には厳しく、私もいつもひっぱたかれた。でも患者さんには優しく、慕われていた。医者は本当にすばらしい職業だと感じた。しかし、24時間患者のために尽くす姿を間近で見ていて、自分にはできないと思った」 大学は工学部が希望だった。しかし、父親に逆らうことはできない。言いつけに従い、医学部に進むことのできる東大理科II類と慶応大医学部を受験、いずれも合格した。 「実は慶応に行ってもいいなら医者になろうと思