そもそも資本主義だとか難しく考えるのがいけないのかもしれない。でも、できるとこまでやってみよう。 「貨幣の複雑性」を再読して、あらためてその射程の長さにきがついた。安冨さんの議論は、しっかりと資本主義全体をにらんでいる。ここを足場に自分なりに資本主義を構成するものはなにかを問うと、以下の四つになった。 ・欲望の対象としての商品 ・商品を生産する主体 ・商品を消費する主体 ・商品の交換を媒介する主体 そう、まずは商品ありきなのだと感じる。商品が商品であるということは、欲求される対象であるということだ。アフォーダンスの議論ではないが、欲望の対象となりうる単位であれば、商品と呼んでよいのではないか。現在の社会では、人のサービスでも、石油のような取引商品でも、記憶装置の本の数十バイトの物理存在でしかないほぼ純粋な情報でも、オプション取引のような将来の少々あいまいな契約もふくめ、リアルで生活する限り
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