⇒史料操作の問題 - 我が九条−麗しの国日本 俺はこの問題に強い関心を持っていて、個人的にはWallerstein氏の主張に説得力があると思っている。しかし俺はこの問題に関して超ド級の素人である。 一方、安東氏が永享4(1432)年に南部氏に侵攻され、その後和睦して戻ってきて、嘉吉3(1443)年にまた南部氏の侵攻によって十三湊を撤退したというのが研究者の間の有力な説というからには、これに対する反論があってもよさそうなものだが、見たところ反論コメントは無いようだ。Wallerstein氏の日記のページビューは俺の日記のざっと2倍あるけれど研究者の目に止まってない、もしくは相手にする気がないということだろうか?もちろん人気ブログと比較したら閲覧者は少ないのでガチで知らないということは有り得るけれど。 で、俺はWallerstein氏の主張に説得力があると思っているけれど、詳しいわけではないの