鶏の成長度合いで同じ部位でも質量が変わってしまうのは当たり前ですが、表示量との誤差が激しいのはいただけない…。 大きいのは販売側が損するだけなんですが、規定量より小さいのは出回ってしまう時点でアカンレベル。
世帯の純金融資産保有額が5億円以上で超富裕層、というのを見て、うちって超富裕層だったんだなぁって新鮮な気持ちになった。 クルーザー所有してて船上パーティーとかしてるのが超富裕層のイメージだったけど、うちくらいでいいなら都内ゴロゴロいるんじゃない? お金のことは話す相手もいないし、話さない方が人間関係支障がないのでないので、ここでちょっと書き散らす。 私の戸籍上の父は祖父。因みに夫もそう。 複雑な家庭の事情というわけではなく、所謂相続税対策です。今はこれやってもあまり意味ないらしい(何か税法が変わったんでしょ?)けど、昔は良くやったらしい。詳しくは知らない。 普通の恋愛結婚だったのであまりお互いの家のこと話してなかったんだけど、婚姻届書くときにお互い笑ったよね。記入がややこしいよ。 私の場合は祖母が良い所のお家の人だったけど祖父も親も勤め人だったから、感覚としてはあまりお金持ちの意識はない。
数学市民@Mathpedia運営 @Infinity_topoi 米国育ちの友人に教えて貰ってヘェと思ったのですが、向こうでは説得の3要素「ロゴス(論理)・パトス(情熱)・エトス(信頼)」という手法は誰でも習うそうで、日本人は「ここは感情に訴えかけるところ」とか「まず信頼を勝ち取るところ」とかはそういう場を読む能力が全然ないって言われましたね。 さ く さ こ@癒し系。「悩みの8割は栄養不足が原因」出版予定(嘘 @vitamin_mega これはショッキングで鋭い指摘。 みんな感情で話すか、論理優位の人は論理か確かにどっちかだね。 自分は使い分けしてるかもしれない。 パトスは薄めで弱点かも。 出す場がないというか、出すとあまり良いことがなく出さない癖がついてるんだなこれが。 twitter.com/infinity_topoi…
「PCR検査は誤判定がある。検査しすぎれば陰性なのに入院する人が増え、医療崩壊の危険がある」―。新型コロナウイルスの感染が拡大していた5月、厚生労働省はPCR検査拡大に否定的な内部資料を作成し、政府中枢に説明していたことが、民間団体の調査で判明した。国民が検査拡大を求め、政権が「件数を増やす」と繰り返していた時期、当の厚労省は検査抑制に奔走していた。 厚労省の資料は「不安解消のために、希望者に広く検査を受けられるようにすべきとの主張について」と題した3ページの文書。コロナ対策で政府関係者への聞き取りをしたシンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」(船橋洋一理事長)が8日公表の報告書に載せた。 文書では「PCR検査で正確に判定できるのは陽性者が70%、陰性者は99%で、誤判定が出やすい」と説明。仮に人口100万人の都市で1000人の感染者がいるとして、全員に検査した場合、感染者10
ソフトバンクグループが先日、新型コロナ感染の有無を判定するPCR検査の提供を開始した。これまでの公費による検査では、何らかの症状がある人や、感染者への濃厚接触者などに限って受診することができたが、ソフトバンクのような民間業者の検査ではお金を出せば誰でも受けられるようになる。このため「国民の安全や安心感の醸成につながる」との見方もあるが、実際はそれほど単純な話ではない。 と言うのも、現在の日本で誰でもPCR検査を受けられるようにすれば、受診者が陽性と判定される確率は極めて低い。しかし、もしも陽性と判定されれば、恐らくその半数以上は実はコロナに感染していない「偽陽性」になる。つまり検査結果の解釈が非常に悩ましい状況が生まれてしまうのだ。
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中国はチベット自治区やウイグル族、香港などで人権問題を抱えており、人権問題に関する国内からの批判を言論統制で抑えつけているとされています。そんな中国の言論統制は、海を越えたオーストラリアにまで波及しており、在豪中国人が中国に対する批判を黙らせるためにSNS上で「脅迫」まで行っていると、オーストラリアのキャンベラに本拠を置く非営利研究機関中国政策センターのユン・ジャン氏が解説しています。 Pro-China nationalists are using intimidation to silence critics. Can they be countered without stifling free speech? https://theconversation.com/pro-china-nationalists-are-using-intimidation-to-silence-cr
2020.10.10 16:00 ヴィクトリア朝人は家具の脚が恥ずかしいからカバーをかけたわけではない~イギリス文化と性にまつわる神話探訪 ヴィクトリア朝のイギリスといえば、性的に抑圧され、やたら厳しい道徳が幅をきかせていたというイメージが強いかと思います。以前この連載記事でも少し書きましたが、ヴィクトリア朝主流文学の性描写は前の時代よりも控えめになる傾向があり、これは社会的な風潮を反映したものでした。 長きにわたって離婚が異常に困難で、男性間の性交渉は犯罪になり、女性にまともな権利がないといった法的な側面から、日常生活の習慣まで、現代に比べるとはるかに性的な逸脱と見なされることがらには冷たい社会だったと言えます。 一方でこうしたヴィクトリア朝の性道徳については面白おかしく誇張される傾向もあり、注意が必要です。やたらと厳格な性道徳を語る際によく引き合いに出されるのが、「ヴィクトリア朝のイギ
いま日本で「リベラル」を称する人々は、自分のロジックだけが絶対正しいと主張するばかりで、現実の生身の人間というものを忘れてしまっている──そう指摘するのは『リベラルの敵はリベラルにあり』の著者・倉持麟太郎氏だ。リベラル本来の大切な価値観を取り戻し、真に個人を尊重して民意を反映する民主主義を再生するための氏の提言とは――。 「上から目線」の説教ばかり 「リベラルの敵はリベラルにあり」 一見攻撃的な文言だが、過日出版された拙著のタイトルである。 まるで特定の政治勢力を批判しているかのように捉えられるかもしれないが、私が議論の対象にしたいのは、与党でも野党でも特定の政治家でも政党でもない。その先に広がる、いまだに日本政治、日本社会が獲得していないリベラルの地平だ。 AI・データグローバリゼーション社会、ポピュリズムやライト独裁が支持され台頭する市民社会……などなど、手垢がついたりカビが生えたりし
これからするのは非常に複雑で難しい話だ。 簡単に概要を説明しよう。 まず「ゲイに掘られれば」は異性愛者に同性愛を勧める発言であり、所謂「性的指向」が後天的に変更可能である事を肯定する発言である。 一方でロリコン、ペドフィリア等は「性的嗜好」と呼ばれ、主に後天的である事によって「性的指向」と区別される。 以前、ロリコンの窮状がLGBTに例えて説明された際に「ロリコンは性的嗜好であり、LGBT等の性的指向とは異なる」「一緒にするな」といった批判がフェミニズム等から上がった事が有った。 しかし先に示した非モテ男性に対する「ゲイに掘られれば」発言もまたフェミニストから上がっている場合が散見される。 どちらか片方の正当性の検討は置くとして、両方を正しいと主張することは出来ない事を示す。 「ゲイに掘られれば」発言による性的指向の先天性の否定非モテ男性と非モテ女性に関する議論において、非モテ男性に対し「
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