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ジャン=リュック・ナンシーの『無為の共同体』の最新版の翻訳(以文社)が去る6月にあらためて刊行された*[1]。これはナンシーの思考の核となる部分がはっきり現れた本として今も注目に値するだろう。 ナンシーの共同体論の鍵となるのは、『声の分有』(原著1982年刊:邦題は『声の分割』[以文社])で最初に提起され、『無為の共同体』で一般化された、「分有(分割=共有)」 partage という言葉である。人間はばらばらに分割されているが、まさしくそのように分割されているということを共有する、というわけだ。これはいわば不在の共同体/共同体の不在をもって実質的な共同体に代える、共同体の否定神学とでも言うべきものではないか。 だが、もう少し詳しく見てみよう。たとえば、死を考えるとき、この問題がもっとも先鋭な形で見えてくる。本書に対する大澤真幸の簡潔な書評(「読売新聞」9月30日号)を引こう。「死は人を絶対
「嘘はもっとも純粋に言葉である。嘘はいったん言葉として発せられた瞬間に、緊密なリアリティをもつ外的即物的な現実となって人間のまだ震えている喉にはねかえってくる。それに首をしめられるのがおれたちだ」(大江健三郎『われらの時代』)。 タイトルに惹かれて読んでみた本です。 『魂の労働:ネオリベラリズムの権力論』(青土社、2004年) http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791760689/249-2283005-1411552 章立ては以下の通り。 序章 敗北の考古学 ? ネオリベラリズム 第一章 魂の労働 第二章 「参加」への封じ込め―ネオリベラリズムの権力論(1) ? グローバリゼーション 第三章 消費社会における恐怖の活用 第四章 ポストモダンの宿命論 ? 公共圏 第五章 反転する公共圏 第
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