局の側からすると、レギュラー番組がなくなったことで、中島に関して報道を自粛せねばならない「義理」や「関係」が消滅したということになる。さらに遠慮の無い言い方をするなら、現在展開されている事態は、見る影もなく太って司会業の座から滑り落ちた中島が、伝える側から伝えられる側に、あるいは料理する側から素材ないしはエサの側に、立ち位置を転じた設定の幕間劇みたいなものなのである。 「心配ですね」 と、キャスターは彼女の身を案じる旨の言葉を発する。 「聡明な人なのにどうして」 「私の印象では姉御肌でテキパキしたヒトでしたが」 「やっぱりプレッシャーがあったのでしょうか」 誰も、答えを持っているわけではない。 「だろうか」 「でしょうか」 「なのかしら」 と、スタジオの面々は、疑問文の語尾を列挙することで、お互いの善意を確認する。かわいそうな人間を見てやさしい気持ちになる。これは、そういうゲームなのだ。