岩波新書『藤原定家 『明月記』の世界』は、藤原定家という文学的な偉人の内情に加え、鎌倉時代初期の貴族の生活を知るための貴重な史料である日記、『明月記』を詳細に読み解き、その日常が明らかにされた書籍である。史的な背景を補うことで生身の藤原定家の姿が浮かび上がる中、貴族社会における公務の心労や人間関係の軋轢、家長としての重圧と苦悩、息子たちへの思いなど、複雑な人間関係や思いが織り交ぜられていて、小説を読むような面白さがある。 定家の宮廷公務の心労 日記である『明月記』には、定家の宮廷での公務に対する心労が多く記されている。さらに宮廷での公務だけでなく、私的な行事にも定家という人はやたらと多忙であり、あたかも自分で作り出したその多忙さに悩まされることが多かったようだ。例えば、「今日は朝から夕刻まで、御所におりて、御前に供奉しけるに、申し上げたる処、聞き取れず、返答に悩み、心労甚だしく候」(『明月