本書を読み終えたとき、自分を取り巻く世界が、ただただ愛おしく思えてならなかった。読後の深い余韻に浸りながら、ふとカレンダーに目がいった。 もしかしたらこの時点でもう、年間ベスト級の作品に出合ってしまったかもしれない。そう感じたのだ。 植本一子は、荒木経惟に才能を見出され、写真家としてのキャリアをスタートさせた。荒木が「私写真」という独自の世界を築いたように、近年の植本は文筆家としても才能を発揮し、「私ノンフィクション」とでも呼ぶべきジャンルを切り拓きつつある。 植本の夫は、25歳近く年の離れたラッパー、ECDだ。ECDはわが国におけるヒップホップ黎明期から活動しているアーティストで、書き手としても『失点イン・ザ・パーク』のような優れた私小説を発表している。 ヒップホップ界では一目置かれる存在ではあるものの、広く一般に売れているわけではなく、現実はアルバイトをしながらつましく暮らしている。
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