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ブックマーク / kotobasm.hatenablog.jp (127)

  • 万札の束をヒトに投げつける男【杉山治夫】 - 昭和KOTOBASM

    世の中はお金である。それはまちがいない。ただそれには人間関係というものが付随する。お金というものには、つねに人の存在がつきまとうのものだ。そういうことを考えると出てくる、あるひとりのニンゲンがいる。 カレの名前は杉山治夫。昭和50年代後半にフジテレビのワイドショー番組によく出てきた。杉山は当時、闇金業者の成金で、その厳しい取り立てで、自殺者も出たという。その杉山がワイドショーでよくやっていたことが強い印象をあたえた。 それがたくさんの万札を抱えてヒトに投げつけるというモノである。リポーターが、「そのお金は全部、ヒトの命だ」というとスイッチが入って、そのような行為におよんだのであった。 これはのちに、やらせのパフォーマンスだったことが判明するのだが、そこにいたるまでの杉山の立ち振る舞いがまたゲスさ全開で、その悪趣味なところがよけいに目を引いた。 しかしニンゲンは生まれたときからゲスなのではな

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    akirapuch
    akirapuch 2017/02/14
  • 自分の学校の先生があの中にいたら・・・【スペースシャトル・チャレンジャー事故】 - 昭和KOTOBASM

    1986年1月28日。アメリカ合衆国のスペースシャトルチャレンジャー号が射ち上げから73秒後に分解し、7名の乗組員が死亡した事故があった。機体が空中分解したときの煙の柱はいまでも記憶に残っている。 なんでこの事故の印象が強く残っているのかというと、煙の柱の他にも、乗組員のなかにオニヅカさん(エリソン・オニヅカ)という日系人のヒトがいたからというのがある。 まだTBS記者の秋山豊寬さんが宇宙に行く前だった(ちなみに秋山さんがソユーズで宇宙に行ったのは1990年)。アメリカ国籍とはいえ、見た目は日人そのまんまのオニヅカさんに親近感をおぼえたし、なおかつ誇らしい気がした。 なので事故のニュースを観たときに、強いショックをおぼえたのだった。さらにショックだったのが、チャレンジャー号に高校の先生が乗っていたということだった。 事故の映像をみて慟哭する生徒さんの姿を目撃したとき、もしこれが自分の学校

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    akirapuch 2017/02/12
  • むかしから年寄りくさかったラジオ局【ラジオ日本】 - 昭和KOTOBASM

    野毛山公園に行ってきた。野毛山公園には展望台があって、横浜ランドマークタワー方面を向くと、すぐそこにラジオ日の無線基地がみえる。むかしはラジオ関東という名前で、無線基地のあったこの場所に放送局があった。 中高生だったころ、深夜番組を中心にラジオはよくラジオを聴いていたが、ラジオ日というと、ほかのAM3局(TBSラジオ・文化放送・ニッポン放送)にくらべ、電波が弱く(実際に送信出力は3局の半分)、年寄りくさいという印象があった。 開局当初は「洋楽のラジ関」と呼ばれていたそうだが、昭和50年代に「ラジオ日ジャイアンツナイター」がはじまったころから、若者向けの番組を敵視していたワンマン社長の意向で大幅に削減。平成以降完全に排除された。 そして若者向けの番組に変わって登場したのが、政治色の強い論説番組や、演歌番組で、それが原因で聴取率が落ちて、スポンサーも離れていき、経営状態も一時悪化していっ

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    akirapuch 2017/02/12
  • 夢の一攫千金でウハウハ!?人形町で現金つかみ取りに挑戦(2017年2月4日)【タモリ俱楽部メモ】 - 昭和KOTOBASM

    東京・人形町の人形町商店街で20年にわたって行われているという現金つかみ取り。商店街のお店で2000円お買い物をすると、福引券がもらえガラガラを一回回すことができる。 さて題に入る前に、一つ説明をしておこう。タモリ俱楽部が好きなのである。だがタモリ俱楽部は1982年から放送されている長寿番組でありながら、その脱力的スタンスから制作側もファンもあまり多くを語ろうとしない。 しかしだ。タモリ俱楽部というのは、一種の教養番組なのである。さらっと流してしまって記憶の奥底にしまっておくのもあまりにもったいないので、メモに残しておこうという次第である。以上、題に戻ろう。 福引は1等から4等まである。そして1等から3等を引くと現金つかみ取りにチャレンジできる。1等は1万円も入ったお札、2等は千円札、3等は小銭のつかみ取りとなっている。ちなみに4等は50円。つまりハズレなしなのである。一応は。 一行は

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    akirapuch 2017/02/10
  • 高木先生と海沼先生【おくさまは18歳】 - 昭和KOTOBASM

    「おくさまは18歳」は、昭和45年にTBSで火曜19時に放送されたドラマである。非常に人気があったドラマで、何度も再放送された。放送から10年ぐらいは、けっこうな頻度で再放送していたと記憶している。 あまりにも再放送されつづけて、他の番組とくらべて映像の退色っぷりが顕著にあらわれていた。それだけ何年経っても人気だったのだ。 ビデオも普及していない時代である。何回やっても懐かしく観ているヒトがたくさんいたのであろう。 そしてCS放送の時代になったいま、またやっていたりする。それをブルーレイに全話録画したのだが、DVDなどと比べ、映像をきれいに残せるブルーレイに、昭和45年に放送され退色したドラマを残すというのも、またすごいなあとしみじみ感じるのであった。 主人公の高木飛鳥に岡崎友紀、そのだんな様を演じたのが石立鉄男だったのだが、皆さんは覚えているだろうか。その高木先生が女生徒にモテモテで追

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    akirapuch 2017/02/09
  • バター使用厳禁のお料理番組【ごちそうさま】 - 昭和KOTOBASM

    「ごちそうさま」は日テレビで1971年から1998年まで、平日のお昼に放送された15分のお料理番組である。司会は高島忠夫・寿美花代夫。味の素の一社提供だった。 なにゆえこの番組を子どもの時分に観ていたのか。それはオープニングに出てくるスカンクの小芝居が好きだったからである。その流れで全編観てしまったのだ。15分でなおかつ歌手のばあい番組内で歌もやらなくてはいけないので、いささかせわしない。そんな番組だった。 それでも料理中は、生のピアノ演奏が流れていて、その優雅さは編のせわしなさをどことなく中和させてくれた。とにかく高島・寿美コンビはほぼ忠夫がしゃべりまくる。優雅なピアノの音色も何のその。この夫婦はそれでいいバランスを保っていた。 なんでこの番組はバターが厳禁だったのか。それはスポンサーである味の素の商品に「マリーナ」というマーガリンがあったからだ。だからバターの代わりにマリーナを使

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    akirapuch 2017/02/08
  • 海野かつをさんと謎の美女は元気にしているのだろうか【新栄電機のCM】 - 昭和KOTOBASM

    このCMは小さいころから高校生のときぐらいまで、ずっと流れつづけていた。時間帯は夕方。だいたい日テレビで、「磯村建設」のCMとよく前後して流れていた記憶がある。それが新栄電機のCMだった。 新栄電機も磯村建設も関東ローカルのCMだった。なので知らないよというヒトも少なからずいるだろうが、ご勘弁ねがいたい。新栄電機は家電量販店で東京を中心に埼玉や千葉などに店舗があった。今はもうない。 CMに出ている男性は、海野かつをというヒトで新栄電機のCMに出はじめたときはコメディアンであった。それが新栄電機の社長にスカウトされ、それで社員になったという珍しい経歴の持ち主である。 しかし人もこんな退色するまで長いことCMに出つづけるとは思いもよらなかっただろう。「君、君、アライだよ」のアライ社長も、自社の社員だからギャラの心配はいらないという意味で、CM自体の強いインパクトとあわせて作戦勝ちだ。 この

    海野かつをさんと謎の美女は元気にしているのだろうか【新栄電機のCM】 - 昭和KOTOBASM
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    akirapuch 2017/02/07