前回はコチラ マリー・アントワネット(1755-1793)生誕250年にあたる2006年、宝塚歌劇で『ベルサイユのばら』が再演された際、アントワネット本人の作曲した音楽が劇中で使用され話題になった(前回参照)。彼女自身の音楽的才能が実際のところどれほどのものであったかは知る由もないが、彼女が音楽をこよなく愛し、一定の音楽的素養を備えていたことは各種記録によって明らかにされている。それゆえに、ちょっとした作曲を手掛けることができたとしても意外なことではない。 オーストリア・ハプスブルク家の王女だった彼女は、幼少期より王家のたしなみとして歌唱や楽器演奏、舞踊のレッスンなどを受け、それらを人前で発表することもあった。彼女を指導した教師陣もトップクラスの専門家ばかり。たとえばクラブサン(チェンバロ)を教えていたのは、当時ウィーンの宮廷楽長を務め、著名なオペラ作曲家でもあったクリストフ・ヴィリバルト