夏の甲子園大会、中止。――知らせを受けて、著者は車を走らせた。当事者である高校球児たちに話を聞くためだ。「目に見える形で大切にしてきたものを失った彼らが、この夏、何を感じ、どう振る舞うのか。何を失い、何を得るのか」「僕は素直に彼らに教えを請いたかった」。それが、この本が書かれた強い動機だ。 甲子園だけが特別なわけではない。コロナ禍のせいで人生を変えられた高校生は、日本に、世界中に、たくさんいる。感染してしまった若者も少なくない。野球以外もほぼすべての大会が中止になった。インターハイも、文化系の発表会も開かれず、夏は燻ったままだ。 それでも、「あの夏」とは、「甲子園大会が中止になった夏」を指す。直近の山本周五郎賞受賞者である著者は、昔、甲子園を目指す高校球児だった。この本に登場する多くの人たちと同じく、甲子園の魔力に搦めとられた人だったのだ。当時、高橋由伸を擁した桐蔭学園の野球部員であり、彼